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立ち読み  
編集後記  第61巻9号 2013年9月
 

▼夏休みが始まり、私のいる病院の小児科外来には、診察や検査に多くの子どもたちが訪れます。なかには1年ぶりに会う子どももいます。久しぶりに診察室のドアを開けて入ってくる子どもの表情や様子からは、何かしら成長している姿が感じられます。
 学校や家庭での様子をたずねると、お母さん方からは良くなかった話がたくさん出てきます。その中から、子どもさんの成長しているところを私がお母さんに確認すると、子どもたちは、少しだけ誇らしげにお母さんの顔を見ながら笑顔になります。そんな時の子どもとお母さんの笑顔を見ることは、私にとっても嬉しい時間です。

▼今年、慶應義塾大学出版会から、満留昭久先生著の『こころをつなぐ小児医療』という本が出版されました。満留先生は長年、私のいる福岡大学小児科の教授を務められ、てんかんをはじめとする小児神経科の医療と、大学での医学生の教育に携わってこられました。この本には、後輩の小児科医や医学生に向けた多くのメッセージが込められています。また、満留先生という素晴らしい小児科医と出会った難病の子どもたちと家族のエピソードがたくさん出てきます。

▼その中で、「『いのちの輝き』を高めることが子どものQOLである」、という言葉が出てきます。教育も小児医療も子どもが主役であり、私たちの役目は、子どもの命の輝きを高めることを支えていくサポーターであること、そしてその輝き方は一人ひとり違っていること、そのことが医学生の教育にも生かされなければならない、とあります。
 医学生の教育に携わる者として、最近それは身にしみて感じています。医師国家試験の合格率を上げることが眼に見える結果ではありますが、良き臨床医を育てる教育は、卒後ではなく医学部入学時から、医学生の価値観を磨き、意識を変え行動を変える教育が必要です。「教員自身の学びと情熱がそれを可能にする」と本書にあります。本書を読んでいると、小児科医として30年を超えてしまった自分自身がまだまだ未熟であることを痛感します。
 この本の中で、ある人から、「結局、医師は人格以上の医療はできない」という言葉が出てくる話も印象に残りました。満留先生もその言葉にショックを受けたと書かれています。しかし、人の脳は何歳からでも成長するともいいます。まだまだこれからでも、それに気づいて人格を磨くために学んでいくことは可能でしょう。人には何かしらの役割があり、他の人の役に立っています。私の場合は、それが小児科医という仕事だと思います。情熱を持って、これから子どもたちや学生に向き合いたい、と決意を新たにしました。

▼私にとって本書は、小児科医のバイブルのようなものですが、子どもや教育に関わる仕事に携わる方にもぜひ読んでいただきたい珠玉の1冊です。
 暑い夏を楽しみ、実りの秋を迎えられますように。

 

(安元佐和)
 
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