『5人目の旅人たち「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』(広田 すみれ 著)

『5人目の旅人たち
「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』(広田 すみれ 著)

-オンライン講演会【自粛とエンターテインメント、ユーモア、レジリエンス――「水曜どうでしょう」の藤村ディレクターと新しい日常を考える――】を開催しました。
-東京新聞 2019年11月25日(12面)「文化娯楽面・my book, my story 私の本の話」で、本書が紹介されました。
-週刊新潮 2019年11月21日号(p.113)に書評が掲載されました。評者は碓井広義氏(上智大学教授)です。
-神奈川新聞 2019年11月10日読書面(19面)で、本書が紹介されました。

 

『5人目の旅人たち「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』立ち読み

『5人目の旅人たち「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』(広田 すみれ 著)

長い長いまえがき

 はじめまして。広田すみれと申します。これからHTB(北海道テレビ)のTV番組「水曜どうでしょう」に関係する本を書こうとしていますが、最初にまず書き手としてご挨拶させていただこうと思います。「ですます」で書いていますが、第一章以降は文体が変わります。
 まえがきでこうしてご挨拶しようと思った理由は、第一バージョンの原稿で出だしが何となくぎくしゃくしてしまったためです。年下の藩士の友人に、「広田さんは藩士と研究者が混在していてややこしい」と言われたことがありますが、多分そのせいです(ちなみに、「藩士」はこの番組の熱心なファンの呼称です。由来は後ほど)。自分がファンであるのにもかかわらず、研究者として本を書くためにはどうしても相対化、つまりこの番組をほかの番組などと比べてある程度客観的に位置付ける必要があります。でもそうすると、若干、若者の言うところの「ディスる」ように見える部分が出てきて、それはやはり私にとっては書きにくいんです。あらゆる人に読めるように書けるとは思いませんが、とはいえ番組ディレクターのお二人(チーフディレクターの藤村さん、カメラ担当ディレクターの嬉野さん)にさえ最初で投げ出されたらかなり悲しい。という訳で、思い切って最初に要点を書いてしまおうと思っています。

 もう一つ、ご挨拶を書こうと思った理由は、この番組に関して調べていくうちに、コミュニケーションについての考え方が変わったから、というのがあります。私の見るところ、このお二人には受け手である視聴者がとてもよく見えているようです。この番組は非常に早いうちから番組ホームページを持ち、番組掲示板を通して視聴者と密にコミュニケーションをしてきたことでも有名です。このお二人は、番組やこれらの媒体を通じて、そして今は直接的に、具体的な相手に対して何を伝えるか、もう少し言うなら、そういう相手をどうやって笑わせるか、を常に考えてきたように思います。つまり、ただ単に番組を作って特定の層(例えばM3(三十代男性)など)に向けてそれを送る、というのではなく、番組がどう具体的な相手(受け手)に届くか、という部分を随分ちゃんと考えているように思うのです。
 藤村さんに、「(番組の初期から)藩士の人はどう見えているんですか」と聞いたことがあるのですが、藤村さんは「クラスメイトだと思っている、お客とは思っていない」という答えでした。ある時期から視聴率を上げることを目標としなくなった、というのも藤村さんがあちこちで語ってよく知られていることですが、たぶんこの番組では視聴者をクラスメイト、つまり立場が上でも下でもない相手として見た上で、その具体的で身近な「あいつら」を笑わせようとしてきたのではないかと思います(私は藤村さんを尊敬していますが、この方は大変な暴言居士なのでよくファンを大泉さんに対してと同様に「バカ」と呼び、ファンもそれをとても喜びます)。結局のところ、このお二人はずっと、使うメディア(媒体)や形式は変化しても、常に「受け手」を意識し、生きた現実の人たちとコミュニケーションしようとしてきたのではないかと思うのです。ということで、そういうのが下手な私も、制作者のお二人や知り合いになった藩士、その他この番組を好きな人を思い浮かべながら、その真似事をしようとしているのがこのまえがきです。
 さて、という訳でここでは三つのことをお伝えしたいと思っています。自己紹介と、どうしてこの番組を研究しようと思ったのかと、本のキーワードです。


自己紹介と東日本大震災と番組

 まず自己紹介をします。私は東京都市大学メディア情報学部というところで教授をしています。職場は横浜、自宅も神奈川県ですが、生まれは東京、三年だけ勤めた会社も、大学院(慶應義塾大学大学院)までの学校も東京で、北海道とは全然関わりはありません。年齢は、私の方が学年は上ですが「ミスターどうでしょう」鈴井貴之さんとほぼ同じ。実験系の社会心理学者で、研究のメインはリスクコミュニケーション(リスコミ)というものです。私の師匠(岩男寿美子先生)はテレビの研究者でしたし、私も新聞研究所というところに一時期所属してメディア研究をかじってはいるのですが、それが主ではありませんでした。リスコミはリスクをどう人に伝え合意形成するか、に関する研究です。BSE(牛海綿状脳症)が世間を騒がせた頃は、食品安全に関する審議会で、行政の食品安全に関する情報提供や場作り、考え方に関わる委員をしました。東日本大震災後は、低線量放射線の影響についてどう説明するのが良いのか、といった研究もしました。今のテーマは地震の確率的長期予測は人にどう理解されているか、です。
 多少お分かりいただけたかと思いますが、「安全」や「危険」といったことに関わりがあり、防災にも関係があります。だから、東日本大震災の時には研究上でも打ちのめされました。リスコミ研究は日進月歩ではなく、なかなかはっきりした答えは出ません。そんなものと思いつつ研究してきたのですが、震災時に必要とされながら有効な結果を提供することができず、あまり役に立たなかった悔いがとても大きかったです。この経験が、実は番組を研究しようと思った背景にあります。
 番組のファンになったのはごく最近です。メディア関係の授業を持っていたため番組掲示板のことは二〇〇一年頃に聞いて読んだりもしたのですが、番組自体は二〇一六年秋に偶然、テレビ神奈川(TVK)でようやくちゃんと見ました。企画は「ベトナム縦断」。旅好きだし、カブには乗れませんがサイクリングが趣味なのでとても面白かったです。ただ、研究者としての興味はありませんでした。しかしその後、ネットであれこれ検索しているうち、次のような話にぶつかりました。
 東日本大震災の起きた二〇一一年三月十一日の夜、宮城県の女川で家が流され、被災して体育館に避難したファンのTさんはこう言ったそうです。「ここをキャンプ地とする」。そしてそれを聞いて、周りの人たちは笑ったそうです。ファンならご存知だと思いますが「ここをキャンプ地とする」は番組に出てくる名言の一つで、旅をしていた四人がドイツ・ロマンチック街道で夕食を優先した結果宿が見つからず、挙句、道路脇で野宿することになった時に藤村さんが宣言した言葉です。女川の被災状況はひどく、「東日本大震災で最も高い死亡率となったのが女川町の五五・九%だった。(中略)津波の高さは二〇mにも達したため山間の集落までもが全壊の被害となった」そうです(「女川町を襲った大津波の証言」(二〇一一)より)。被害の詳細はその時は知らなかったのですが、とにかく驚きました。あの未曾有の災害で家が流され、多くの死者が出、後日聞いたところではこの方のお祖父様も亡くなられたそうなのですが、その晩にこういうことが言え、それを人とともに笑えた強さは一体どこから来たのか、と思いました。東北は北海道に次いで「どうでしょう」が放送されファンも多いそうですが、他にも、震災後、ファンが「どうでしょう」の番組やDVDを繰り返し見ていた、という噂を聞きました。
 番組側の震災直後の振舞いも驚きでした。今でも番組ウェブサイトの「本日の日記」に掲載されていますが、震災後、藤村さんは携帯向けサイトにダウンロード用として次の言葉を載せたそうです。「案ずるな!」「ライトオフ」「ビシッとやるから」。これらもすべて番組に出てくる名言です。よくある言葉ではなく、文脈のわかるファンには励ましになる、最後の一言に至ってはなんだかよく訳のわからない、ちょっと笑いを誘う言葉。被災したファンは一体どんな風にこれを読んだのでしょう。
 後日、それを知ることができました。私はこの本を書くにあたってファンの方にインタビューをしましたが、その一人、仙台近郊の方(女性、五十代)はこれを被災後に読んだそうです。元バスガイドで、当時ホテルで働きながら沖縄に住む息子さん家族と離れ、祖先のお墓を守って一人で暮らしていた、ピンク色のものとキティと「どうでしょう」と犬が好き、呑むのも好きな朗らかな女丈夫です。「番組掲示板は大して見てなかったし、ここは温泉地で山の中だから津波の影響もなく、食べ物にも困らなかったし。そんな被災者とは言えるようなものじゃなかったのよ、私なんかでいいの?」と言いながら(とはいえいろいろあったようですが)インタビューに答えてくれた上、次の日は私を誘って車で、以前キャラバンの開かれた場所や女川まで連れて行ってくれました。そしてそのドライブの途中で不意にこう言ったのです。「そういえばね、一週間位で停電が終わって電気が来て、パソコンを開いて久しぶりに「お気に入り」に入ってた番組のHPを見たの。そしたら、藤やん〔藤村さん〕がね、「案ずるな!」とか名言を上げててね。あの藤やんが、なんだかちょっと口数少なめに書いてる感じで、それを読んだら思わず、わーって泣いてしまったの」と口にされたのです。
 ローカルのお笑いバラエティテレビ番組。そうでありながら、東日本大震災のような大きな危機状況で、こんな風にファンを支え、ファン自身も支えにしたようだ、というのは大きな驚きでした。専門家、例えば臨床心理士は「こころのケア」のような取り組みをしましたし、リスコミの活動をした人たちも安心してもらうべく、不安な日々を送る住民の人たちと向き合ったと聞きます。でもそういった取り組みとは別次元で、この番組は危機状況で普通の人を支えたんだ、と痛烈に思いました。後回しにされがちですが、震災で一時的に元気を失っている普通の人たちを元気にすることはとても大切で、この番組はそんな役割を果たしたようです。一体なぜこの番組はファンを支え、元気にすることができたんだろうか。その理由にはおそらく番組の性質と、そしてこの番組のロイヤルティ(忠誠心)の高いファンコミュニティがあります。研究してみようか、と思ったのはその時です。
 ほどなく、この番組を見て元気になったのは被災地にいたファンだけでなく、他のファンの中にもクライシス(危機状況)に遭い、番組を見ることで元気になった人がたくさんいることがわかってきました。インタビューや実験の結果、推測した心理的メカニズムは後述します。
 後先になりましたが、番組を見通した約二週間後、Facebook に「藤やんとうれしー」という有料ファンサークルができたのでそれに入りました。何するんだか全然わからないけど、何だか面白いことをやってくれそう、と思ったのが大きな動機です。人生であまりミーハーなことをしたことがないので、最初はいささか居心地が悪かったのですが、次第に友人も増えてすっかりはまり、イベントでは五十代にして人前で大口を開けて笑い転げ、妹には「ミイラ取りがミイラに」と呆れられています。
 さて自己紹介の最後にもう一つ書いておきます。私はバツイチで一人で暮らしています。何故そんなことをわざわざ書くかというと、実は私自身が、番組を見て安心するという妙なメンタリティがあり、それは多分私の過去の経験と関係しているからです。普通に考えると変ですよね、お笑いバラエティ番組を見て安心する、なんて。第一、私は日常的にはテレビのお笑いバラエティなんてほぼ見ません。特にボケツッコミのある番組はいじめのように感じられることも多いので、まず見ません。でも「水曜どうでしょう」は違います。くだらない喧嘩をしていても、誰かが誰かを騙しても、番組の世界はいつも平和で、実に馬鹿馬鹿しくて、そしてほっとします。
 私には世界がとても怖かった時期が何回かありました。でも、そんな私がこの番組に出会って、番組を見て笑い転げ、ほっとし、そして、私と同じように感じる人がかなりいることを発見しました。私は多分藩士の人たちとどこか似ているんだと思います。この人たち──多くは真面目な生活者の人たち──は、人生にはそういったクライシスがあること、そしてあたりまえのように見える日常は、実はごくささいなことで壊れてしまうことがあることもよく知っているように思います。病気。いじめ。職場の人間関係。倒産。リストラ。ハラスメント。DV。離婚、不倫。流産や不妊。家族の障碍。燃え尽き。鬱。原因不明の持病。発達障碍。身体障碍。性犯罪……。こういうクライシスは実は本当によくあり、個人の日常はそういったことで簡単に壊れます。でもだからこそ、藩士の人たちはこの番組のゆるくて他愛のない世界を愛し、笑うことを大切にしているんじゃないかと思うのです。
 藤村さんは番組で癒されるというような話をすると「そんなつもりで番組を作ったんじゃない」と言って嫌がります。視聴者をいかにして笑わせるかを考えていただけだ、と。もちろんです。でも、そうだからこそ、この真面目な人たちが「純粋に笑うことの愉しさ」を番組で知り、元気になっていったのではないかと思います。人生の中で幾度かクライシスに遭った人間の一人として、多くの人たちがこの番組を見て災害も含めそこから立ち直り、番組に深く感謝しているという事実を記録に残しておきたいと思いました。そのことも、この本を書こうと思った大きな動機です。


この本で解こうとしている問い

 さて。この本で解こうとしている問いは「なぜファンの人たちはこれほどまでにこの番組にのめり込むように惹かれ、時には執着し、ロイヤルティの高いファンコミュニティができたか」、そして「どんな風にレジリエンス効果(いわゆる癒し効果)が生じたのか」です。
 間違えないでほしいのは、私は「番組がなぜ面白いか」を明らかにしようとしている訳ではない、ということです。番組がなぜ面白いのか、については関連本やDVDの副音声で、制作者のお二人や、出演者の大泉さん、鈴井さん、クリエイティブオフィスキューの伊藤亜由美社長も、番組制作側の立場で語っています。佐々木先生の本(佐々木(二〇一二)。巻末の引用文献リスト参照。以下同様)も番組がなぜ面白いかを物語の二重性から解いています。この問いは、基本的には番組内容(コンテンツ)を中心におき、それを出演者の才能や芸や制作方法から考えるということだと思います。
 一方、この本で解こうとしている問いは、「受け手である視聴者の心理」が関心の中心です。もちろん番組内容は重要ですが、番組がどんな媒体でいつ、どんな状況で見られ、視聴者は番組の中の何を良いと思った(認知した)のか。これらは視聴者の性格や生活状況、視聴状況とも深く関係しています。実際、テレビのオーディエンス研究では、「どんな属性の人が番組内の誰に共感し、感情移入し、それをどんな風に解釈したか」を研究します。同じ番組であっても、受け手の解釈は一様ではないからです。最近、それに近い例に遭遇しました。二〇一九年の「さぬき映画祭」ではHTB制作のドラマ「チャンネルはそのまま!」の第一話が限定公開され、その後、本広克行総監督、藤村さん、嬉野さんがトークショーに立ちました。番組を見て、私も含め思わず泣いた観客がいたのですが、それを嬉野さんから告げられた本広・藤村両監督は、「泣くとこなんかあったっけ?」と不思議そうでした。制作側としては、コメディを作ったという意識しかなかったようです。それでも泣いた視聴者がいたのは、視聴者が番組の積極的な読み手として、自分の経験や感性を使ってそれぞれ番組を解釈したからです。受け手の解釈、とはそういうことです。だから私は、どんな人がどういう契機でどこを見て番組が好きになり、どんな風にファンコミュニティができたかを知りたいと思いました。比喩的に言うなら、私は番組自体を研究しようとしたのではなく、ファンという「鏡」を通して、そこに映った番組を間接的に見ようとした、とも言えるかもしれません。その意味では制作者や出演者の方たちの語ることとは全く違うものです。
 調べた結果、比較的すぐに、前述のように、視聴者の人生の大小のクライシスが番組を見ることで克服され、それでロイヤルティの高いファンになったケースが非常に多いことがわかりました。
 さらに調べていくうち、コアなファンの番組に対する思いは単純に「面白い」とは少し違う、と考えるようになりました。むろん私も含め、ファンの誰もが番組を面白いと思っています。でも、ロイヤルティの高いファンの心理には、楽しさを教えてくれた番組への「感謝」があります。宗教、と時々言われる所以はこのあたりにあるのでしょう。もちろん実際には番組を拝んでいる(?)のではなく、皆、番組を見て明るく笑い転げ、ネタにしているのですが。
 加えて、コアなファンが普通の「面白い」よりずっと深く番組世界にのめり込んでいる、専門的に言えば「没入」(absorb)していることにも注目しました。出演者、制作者の四人をとても身近に感じ、「五人目の旅人」になることを熱望し、時には四人以外の出演者に嫉妬したり。そして番組が繰り返し撮られた札幌の平岸高台公園に行って、そこで番組と似たような写真を自分を入れて撮ったりします(本書のタイトルはこれに由来します)。そしてレジリエンスとも関係しますが、番組を見てその世界に安心し、ほっとしたりします。本文で詳しく書きますが、番組内容をこんな風に、まるで制作者と自分たちとの共通の思い出のように感じているのは、単なる「面白い」では到底説明できません。
 ただ、実はなぜそこまで心を奪われ、のめり込んだのかについて、ファンの方自身がよくわかっていないのではないかと思います。それは私自身についても言えます。当初、なぜこの番組にそれほど惹かれるのかがよくわからなかったのです。面白い番組は世の中にはたくさんあります。それに、この番組に出ている若い頃の大泉さんはキラキラしていますが、とはいえ洗練された現在とは異なり、映し方の問題もあるのですが番組で見る限り一目でわかる典型的ハンサムとは言い難く(……すみません)、「嵐がかっこいいから好きで、だから嵐の番組を見る」というような単純な話でないのは明らかです。私も多くの人と同様に、当初しばらくはテレビやネット動画で憑かれたように番組を見、結局DVDを全て揃えることになりました。
 ということで、約二年半、心理学者でかつメディアにも関心のある研究者として検討・考察してわかったと思う本書の内容を、以下駆け足で書きます。私はテレビ評論家でも芸能評論家でもライターでもないので、結果として、番組内容や出演者よりメディア(媒体)利用の時代変化とその影響、ファン心理が主な内容になりました。タレント本ではないので期待に応えられないところもあると思います。でも、この番組は心理学の角度から見ると興味深いことがとても沢山あるので、発見はあるだろうと思っています。以下、少し本文とは順序が違いますが、わかりやすさを優先して簡単に内容をご紹介します。
(中略)

① 番組の魅力の身体性と臨場感(第四章)
② レジリエンス効果の仕組み(第五章)
③ メディアとファン(第二章、第三章)
④ 番組の水平性と日常性(第六章)
⑤ 番組世界とつながろうとするコミュニティ(第七章)

・・・・・・
 では興味のあるところから本文を読んでください。とても「濃い本」になってしまいましたので、一度に読むときっと疲れるでしょう。どこから読んでもらっても、インタビューだけ読んでも、疲れたらそこで休んでもらっても構いません。本文ではインタビューを交えてもう少し根拠などを丁寧に説明していますので、好きなところからゆっくりどうぞ。
 最後にもう一言。この番組はよく「ローカルテレビの成功例」と言われます。でも調べるうち、私はその枠組みで捉えることがかえってこの番組を理解しにくくしているのではないかと考えるようになりました。メディアとしてのテレビの特性は同時性や時間性、作り手の匿名性にあると言われてきましたし、ローカルとはいえマスメディアなのですから、基本的には、顔の見えない不特定多数の大衆に一方向的に情報を送る媒体であったはずです。しかし、この番組は途中からDVD化して同時性を放棄し、番組掲示板では双方向のコミュニケーションをしてきました。作り手の匿名性は番組の第一回の時点から放棄されています。
 一方、ファンはこの番組を繰り返し見ますが、番組の編集の緻密さから生じる身体性はそこで生きています(この編集手法は昨今の人気YouTuber の編集と共通性があります。と言うよりそもそもどうやらYouTuber側が真似たようです)。DVDでの細かい作りこみは、「テレビ放送のおまけ」ではなく、例えるなら映画に近いようにも思います(低予算に悩まされてきた藤村さんは絶対に「映画みたいなそんないいもんじゃねえよ」と言いそうですが、繰り返しを前提とする媒体の性質からするとそうだと思います)。また水平性や日常性もネットメディアと共通性が高い。「マス」ではなく、顔の見えるファンに送るということも。そんな点からすると、個人的には、ローカルテレビ番組の成功例というより、ネット時代の動画配信ビジネスの先駆例と見る方がわかりやすいのでは、と思っています。

・・・

 人が大切にしていることについて物を書くのは本当に難しいです。私はファン歴は短いですし、関係者の方の知っていることで私の知らないことは沢山あるでしょう。それにファンはそれぞれ一家言持っているものですし。「番組の方が面白い」と書かれるのが目に浮かぶようですが、そりゃそうですとも! 難しいから止めた方がいい、と研究者仲間には言われました。
 ただ、私は本というのはウェブや動画と違って長持ちするものだと思っています。ウェブでは、たとえデータは残っていても、むしろ割合すぐに消費され、検索できなくなることで消えていきます。歳をとったせいだけでなく比較的以前から、私は研究者として自分の仕事をする時に、ある程度長持ちする仕事が大切だと思ってきました。そして本はある程度長い年月残り、年月を超えて繰り返し読まれる媒体だと思っています。図書館で、昔の映画や落語の本を読んだことはありませんか? 私はそういったものを読んで、興味を持って映画を見たり落語を聞いたりしたことが随分あります。そんな風だといいと思うのです。この番組がこれだけ長い年月にわたって多くのファンを惹きつけたこと──それはファンクラブに入っているようなコアなファンだけでなく、時々ご飯の時にチャンネルを合わせて見たような人、あるいは昔夢中で見たような人も含みます──は、それ自体驚異的です。そして社会心理学者である私としてはやはり、番組を見て被災や心理的なクライシスから立ち直ったという人たちがこれだけいることは、残しておくべき事実だと考えています。全体をうまく書けたかどうかはわかりませんし、どう評価されるのかは考えるのも怖いです。しかしそれでも、本として残す価値はあると今でも思っています。
 書いている間、私はこの番組に関わってきた人や、番組をとても大切に思っている人たちを思い浮かべながら、その人たちに失礼のないよう自分なりに時間と誠意と能力を尽くしたつもりです。この番組について考えることは、いろいろな面で人間の心理について考えさせられ、心理学者として非常に挑戦的な課題でとても勉強になりました。そして、私もまた番組と藤村さんや嬉野さん、多くの藩士の方と出会えたことを非常に幸運だったと心から思っています。私の説明は、多分藤村さんや嬉野さんの説明とは違うだろうと思います。藩士の方とも違うはずです。専門性が違うので、この番組について書いた佐々木先生とも随分違います。でもそういう別の視点や学問背景で見ることで初めてわかることがあるのでは、と思っています。不足はあっても発見もあるはず。それを受け取ってもらえると嬉しいです。

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『5人目の旅人たち「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』

『5人目の旅人たち「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』(広田 すみれ 著)

「なぜ自分は「水曜どうでしょう」にこんなにもハマっているのだろう?」と思っている全てのファンにオススメの1冊!

自身もファンである社会心理学者が分析する、この番組が支持され続ける秘密とは?


HTBの「水曜どうでしょう」は、いかにして多くのファン(=藩士)にとって“人生になくてはならないコンテンツ”にまでなったのか?
自らもファンである社会心理学者が全国のファン19名へのインタビューやディレクター陣・ファンたちとの交流をもとに、その要因がディレクター陣の仕掛けた戦略とファンコミュニティとの奇跡のコラボレーションであったことを明らかにする。
ネット時代のテレビのあり方として先駆的、という指摘にも注目。


有名藩士のゴトータケヲ画伯がカバー装画と挿し絵を提供!

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概要・仕様

判型 四六判/並製/272頁
初版年月日 2019/10/15
ISBN 978-4-7664-2624-3(4-7664-2624-X)
本体 1,600円

  

 

著者 広田 すみれ(ひろた すみれ)

東京都市大学メディア情報学部教授。
1984年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒。民間シンクタンク勤務後、1993年慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。
慶應義塾大学新聞研究所(現メディア・コミュニケーション研究所)研究員などを経て現職。ブラウン大学訪問研究員(2018年前期)。日本心理学会地区別(関東地区)代議員(2019~2021年予定)。
専門は、社会心理学、意思決定論、リスクコミュニケーション。
主要著書・訳書に、『リスク学事典』(共編著、丸善出版、2019年)、『心理学が描くリスクの世界(第3版)』(共編著、慶應義塾大学出版会、2018年)、『読む統計学 使う統計学(第2版)』(慶應義塾大学出版会、2013年)、イアン・ハッキング『確率の出現』(共訳、慶應義塾大学出版会、2013年)、『リスクの社会心理学』(共著、有斐閣、2012年)、『感情と思考の科学事典』(共著、朝倉書店、2010 年)、『朝倉心理学講座 意思決定と経済の心理学』(共著、朝倉書店、2009年)など。
2016年11月よりFacebook グループ「藤やんとうれしー」の会員。

  

 

オンライン講演会を開催しました。
自粛とエンターテインメント、ユーモア、レジリエンス
ーー「水曜どうでしょう」の藤村ディレクターと新しい日常を考えるーー
(2020年7月10日)

東京都市大学メディア情報学部社会メディア学科広田研究室主催/東京都市大学メディア情報学部後援

 番組開始25年、今なお根強い人気の「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)ディレクター藤村忠寿氏に自粛下の行動や発想、番組について語っていただき、演芸に造詣の深い書評家杉江松恋氏と共に、ウィズコロナの今後のエンターテインメントやユーモアの意味、不安に負けない日常生活について考えるオンライン講演会を開催しました。

 多くの人が自粛で家に篭り、先の見えない不安を抱えていた頃、なぜか一人北海道赤平の「どうでしょうハウス」に赴き、日がな野鳥を撮影、「文久三年!」の口笛を吹きながら鳥にディレクションしていた藤村D。美しくて叙情的なのに笑えるヒゲキャン動画は視聴者を和ませ安心させましたが、その感じはどこか「水曜どうでしょう」と共通しています。
 本講演会では番組の日常性を指摘、演芸にも詳しい書評家の杉江氏をもう一人のゲストに迎え、番組を語りつつ、「どうでしょう」的に、不安に振り回されない今後の新しい日常について参加者と共に考えました。なお司会の広田教授は「どうでしょう」の心理的レジリエンス効果を指摘した『5人目の旅人たち』の著者。

 後半には、チャットから参加者の声を拾って答えるコーナーも設けました。

 

 ●主催|東京都市大学メディア情報学部社会メディア学科広田研究室
 ●後援|東京都市大学メディア情報学部
 ●協力|慶應義塾大学出版会

 

 

【講師・司会】

  講師 | 藤村忠寿 氏 (HTBコンテンツ事業室兼編成局クリエイティブフェロー)
  講師 | 杉江松恋 氏(ライター、書評家)
  司会 | 広田すみれ 氏 (東京都市大学メディア情報学部教授、『5人目の旅人たち』著者)

 

【講演者プロフィール】

藤村忠寿(ふじむらただひさ)

藤村忠寿(ふじむらただひさ)


1965年生。愛知県出身。北海道大学法学部卒。
『水曜どうでしょう』チーフディレクター。監督を務めたドラマ『ミエルヒ』は文化庁芸術祭優秀賞など多数受賞。監督・俳優として携わった『チャンネルはそのまま!』は2019年度民間放送連盟賞テレビ部門グランプリ受賞。現在北海道テレビコンテンツ事業室兼編成局クリエイティブフェロー。昨秋より北海道大学大学院公共政策学連携研究部・教育部フェロー。舞台俳優、ラジオDJ、チャンネル登録32万人のYouTuberであり、現在シリーズ動画「水曜どうでしょうハウスで野鳥観察の刑。」を公開中。著書に『仕事論』(共著、総合法令出版)、『笑ってる場合かヒゲ(1、2巻)』(朝日新聞出版)など。



杉江松恋(すぎえまつこい)

杉江松恋(すぎえまつこい)


1968年生。東京都出身。慶應義塾大学文学部卒。ライター、書評家。落語・講談・浪曲などの演芸にも強い関心がある。主要な著書に、『読みだしたら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』『路地裏の迷宮踏査』、体験を元に書いたルポ『ある日うっかりPTA』など。演芸関係では『絶滅危惧職、講談師を生きる』(神田伯山との共著)『桃月庵白酒と落語十三夜』(桃月庵白酒との共著)などがある。



広田すみれ(ひろたすみれ)(司会)


東京都市大学メディア情報学部社会メディア学科教授。社会心理学者(行動的意思決定、リスクコミュニケーション)。著書に『5人目の旅人たち ―水曜どうでしょうと藩士コミュニティの研究―』(第35回テレコム社会科学賞奨励賞受賞)、『心理学が描くリスクの世界』(共編著)(共に慶應義塾大学出版会)など。元リスク研究学会理事。