『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』

(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳) 『ブラックアース』著者、歴史家ティモシー・スナイダーが、現在、世界に台頭する圧政の指導者に正しく抗うための20の方法をガイドする。

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国末憲人氏「解説 歴史は現代に警告する」(一部抜粋)

『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

米国が抱える危うさ
 折しも、米国では大統領選の候補者選びが始まっていた。話題の中心は、放言や派手なパフォーマンスを繰り広げる共和党のドナルド・トランプだった。私がスナイダー教授に会ったのは、「いずれ失速する」との下馬評をはねのけて意外にもトランプが各州で勝利を重ね始めていた頃である。それでもまだ、彼が党の指名を受け、ましてや本選でヒラリー・クリントンを打ち破るなどと、多くは予想していなかった。
 教授はこの時すでに、トランプに大いなる危惧を抱いていたようだ。彼はトランプを、フランスの右翼「国民戦線」党首マリーヌ・ルペンになぞらえて論じた。
 「『ルペンやトランプがファシストになる』などと言いたいわけではありません。ナショナル・ポピュリズムとファシズムは別のものです。ただ、もしこの二人がフランスや米国の大統領になれば、ファシズムを想起させるような何かをするでしょう。それは、一つの兆候です。ファシズムが到来したことを示す印ではなく、ファシズムが到来し得ることを示す印なのです。彼らの次に、もう一つ別のステップがあるでしょう。ポピュリズムの先に、ファシズムを含むもっと悪いものが待っているかもしれません」。
 マリーヌ・ルペンは翌年五月のフランス大統領選決選で敗れたものの、トランプがそれ以前に秋の選挙で勝利を収めて合衆国第四五代大統領に就任したのは、周知のとおりである。その後、スナイダー教授が抱いた懸念は現実のものとなりつつある。トランプはジャーナリズムや市民の批判を無視し、司法の独立性を軽視し、オバマ前政権が進めた地球温暖化対策を全面的に見直そうとする。怪しげな側近たちがうかがわせる不透明な関係は、極右や人種差別主義者から、ロシアのプーチン政権にまで及ぶ。本稿を執筆している二〇一七年六月初旬も、大統領選でのロシア介入疑惑を捜査していた連邦捜査局(FBI)の長官をトランプが解任し、捜査妨害の疑いを持たれて特別検察官が任命されるに至っている。
 このような状況下、トランプ政権と向き合う米国市民、ひいてはポピュリズム・権威主義政権下に置かれた世界の人々のために書かれたのが、本書『暴政』である。

 

教育者としての問いかけ
 本書は、トランプ型の暴政と闘う人々のためのマニュアルとして機能する。米国では、この小さな冊子を片手に街頭に繰り出す人もいるだろう。
 ただ、本書は決して、饒舌な書物ではない。市民の怒りを喚起したり、闘争に駆り立てたりするパンフレットともほど遠い。本書は、スナイダー教授が「教育者」「研究者」「歴史家」としての立場から思索を重ね、その成果を社会に還元しようと試みた「警世の書」と位置づけられる。
 著者の姿勢は、その「1 忖度による服従はするな」との呼びかけに、顕著に示されている。強制されたり命令されたりしての行動よりむしろ、市民の側が権力の意向を推し量り、自ら統制される立場に身を投げることの危険性を指摘する。ヒトラーが政権に近づいた際、新たな指導者に仕えようと多くの市民が自主的に奉仕した。その歴史に基づく教訓である。
 求められるのは、服従の危険性を指摘する掛け声に従ってみんなで大声を上げることではない。権力に従って思考を放棄する行為が愚かなように、反権力の呼びかけに無批判に応じるのもまた浅はかだ。何より、市民一人ひとりが自ら考え、自らの意見を持ち、自ら判断を下さなければならぬ――。
 スナイダー教授はイェール大学で教壇に立つ一方、欧米各地で講演活動を展開している。その語り口はあくまで平易で、明快である。命令調でも説教調でもなく、言葉と表現を選びつつ、研究の過程で出会った発見やエピソードを緩やかなテンポで紹介する。そこから生まれる課題を投げかけ、人々に思考と議論を促し、戻って来た質問に真摯に答える。
 その口調に似て、『暴政』でも、彼は飾り気のない平明な言葉を、淡々と綴る。事実と考え方の枠組みを示すことで、判断と行動は読者に委ねる。若者たちに思考を促す教育者としての矜持と自制を感じさせる姿勢である。

 虐殺は多くの場合、大衆自身が手を下す。教授が何よりまず、読者に対して自覚を促すのも、そのような認識からだろう。扇動に引きずられず、安易に服従せず、自ら考え行動することこそが、暴政に対する最も有効な対抗手段となる。この考えは、「5 職業倫理を忘れるな」、「8 自分の意志を貫け」、「18 想定外のことが起きても平静さを保て」などにもうかがえる。


  

 

『暴政』20のレッスン

本書の理解を深めるうえでポイントとなる20のレッスンのリード文を掲載しました。各見出しをクリックするとご覧いただけます。


  • 権威主義の持つ権力のほとんどは、労せずして与えられるものです。現在のような時世においては、個人はあらかじめ、より抑圧的になるだろう政府が何を望むようになるかを忖度そんたくし、頼まれもしないのに身を献げるものです。このようにして適応しようとする市民は、権力に対して、権力にどんなことが可能かを教えてしまうのです。
  • 私たちが品位を保つ助けとなっているのは組織や制度なのです。また、組織や制度の方でも私たちの助けを必要としています。組織や制度のために活動することでその組織や制度をあなた方のものとするのでないかぎり、「自分の組織」とか「自分の制度」などとみだりに口にしてはいけません。組織や制度は自分の身を自分では守れません。あなた方と組織や制度とが最初から守り合うのでなければ、お互いに駄目になってゆくのです。だから、気にかける組織や制度を一つ選んでください。法廷、新聞、法律、労働組合――何でもよいからそれの味方になることです。
  • 国家を改造し、ライバルを抑圧した政党も、出発時点から絶大な権力を有していたわけではありません。そうした政党は、敵対者たちの政治活動を不可能にするために、歴史的瞬間とやらを巧みに利用したのです。よって、複数政党制を支持し、民主的な選挙のルールを守ることです。投票ができているあいだは、地方選挙でも国政選挙でも投票することです。公職に立候補することも考えて欲しいですね。
  • こんにちシンボルに過ぎないものが、明日には、現実をもたらしうるのです。スワスチカ(ハーケンクロイツとも鉤十字とも呼ばれますね)をはじめヘイトのしるしに気をつけましょう。視線をそらしてはいけないし、それらに慣れてもいけません。あなた自身でそれらを片づけ、他の者が見習うよう手本となってください。
  • 政治指導者が良くない例しか示さないときには、専門職が正しい業務を果たすことがより重要になってきます。法曹家ぬきでは法の支配に則った国家を転覆させることはそうそうできませんし、判事抜きで見せしめ裁判ショウトライアルを開廷するわけにはゆかないのですから。権威主義的支配者オーソリタリアンは従順な公務員を必要としますし、強制収容所長たちは安価な労働力に関心を持つ実業家を探し求めるものです。
  • これまでずっと体制に反対だと主張してきた銃を持った人間たちが、制服を着用し、松明たいまつ や指導者の写真を掲げて行進し始めると、終わりは近いのです。指導者を崇める準軍事組織と警察と軍隊がないまぜになると、すでに終わりがきています。
  • 仮にあなたが公務にあって武器を携行しなければならないとしたら、神のご加護がありますように! けれど次のことはわきまえておいてください。過去のイーブルには、とある日に不法な行為に手を染めてしまった警察官や軍人が関わっていたということを。「ノー」と言える心構えをしていてください。
  • 誰かが自分の意志を貫く必要があります。誰かの後についてゆくのは簡単なことです。他の人間と違ったことを行ったり口にしたりすると、奇妙な感じを覚えるかもしれません。けれど、その居心地の悪さがなければ、自由もなくなるのです。ローザ・パークス夫人のことを思い出してください。あなた方が良い手本を示せば、すぐに現状ステータス クオの呪いは解け、他の人たちが後をついてくるようになります。
  • 言い回しをほかのみんなと同じようにするのはやめましょう。誰もが言っていることだと思うことを伝えるためだけだとしても、自分なりの語り口を考えだすことです。努めてインターネットから離れてください。読書をすることです。
  • 真実である事実を放棄するのは自由を放棄することです。仮に何一つ真実たりうるものがなかったなら、誰一人権力を批判できないことになってしまいます。批判しようにも根拠がなくなるからです。仮に何一つ真実たりうるものがなかったなら、すべては見せ物になってしまいます。誰よりもふんだんに金を使った者が、誰よりもよく人々の目を眩ますことができるのですから。
  • 自分でものごとを解き明かしてください。長い記事や論説を読むのにもっと時間を割いてください。紙媒体のメディアを定期購読することで、調査するジャーナリズムを財政的に支えてください。インターネットに出てくることのいくらかは、あなた方に害をなすためにそこにあるのだということを理解することです。(中には国外からのものもある)プロパガンダ活動を検証するサイトについて、知っておくことです。他の人間とやりとりする内容については、責任を持ちましょう。
  • 礼儀というだけではありません。市民であり社会の責任ある成員であることの重要な部分なのです。周囲と接触を保ち、社会的なバリアを崩し、誰を信頼し誰を信頼してはならないかを理解するための方法でもあります。私たちが告発や公然たる非難が当たり前になる時代に入ってゆくところだとしたら、あなた方は、日常生活で心に映る光景がどのようになるかを知りたくなることでしょう。
  • 権力はあなた方が椅子にだらしなく座り、感情を画面に向けて発散することを望んでいます。外へ出ましょう。身体を見知らぬ人たちのいる見知らぬ場所に置くのです。新しい友人をつくり一緒に行進するのです。
  • 卑劣な支配者たちは、あなた方についての情報を、あなた方を好き勝手にするために用いるものです。定期的に悪意のあるマリシャスソフトウェア、略して「マルウェア」をあなた方のコンピューターから取り除きましょう。Eメールは、空中に文字を描くようなものだということを忘れてはいけません。インターネットを違った形で使うこと、あるいは単純にもっと使用頻度を少なくすることを考えてみることです。じかに個人的な交流を持つことです。同じ理由から、法的なトラブルはどんなものでも解決しておくこと。暴君は、あなた方をフックに吊してがんじがらめにしておこうとしています。そんなフックとは無縁でいることです。
  • 政治的なものとそうでないものとを問わず、あなた自身の人生観を表している組織においては積極的であってください。慈善活動を一つか二つ選んで、自動引き落としを始めることです。そうすれば、あなた方は、シビルソサエティ(政府、企業、血縁関係以外のさまざまな団体や組織。また、そうした民間組織が公共を担う領域)を支援し、他の者が善をなす手助けをするという、自発的な選択を行ったことになるのですから。
  • 国外の友人との友情を保ちましょう。また外国に新しい友人もつくりましょう。アメリカ合衆国の現在の窮状は大きな潮流の一部に過ぎません。そしてどんな国であれ自国だけで解決法を見出せはしないのです。あなた方も家族も、必ずパスポートを持っていてください。
  • 過激主義エクストリミズム」とか「テロリズム」といった言葉が使われるのには警戒してください。「非常時エマージェンシー」とか「例外エクセプション」といった由々しい観念には敏感でいてください。愛国的な語彙の、実際には祖国への背信につながる使い方には憤ってください。
  • 現代の暴政は「テロの操作テラーマネージメント」を行います。テロリストの攻撃があったときには、権威主義的支配者オーソリタリアンは権力を強固にするためにそうした出来事を利用しようとすることを忘れてはいけません。思いがけない大惨事により、「チェックアンドバランスの終焉、野党の解体、表現の自由や公正な裁判を受ける権利などの停止」といったものが要求されるとしたら、それはヒトラーの書物にもあって、策略トリックとしてははなはだ古いものです。そんなものには引っかからないこと!
  • 来るべき世代のために、アメリカが持つ意味について良き手本となってください。彼ら彼女らにはそうした手本が必要となりますから。
  • 仮に私たちのうちの誰一人自由のために死ぬ気概がなければ、私たち全員が暴政ティラニーのもと死すべきさだめとなるのです。

  

 

『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

『暴政――20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

政治においては、騙された、というのは言い訳にはならない。

――レシェク・コワコフスキ


ファシストは日々の暮らしのささやかな〈真実〉を軽蔑し、
新しい宗教のように響き渡る〈スローガン〉を愛し、
歴史やジャーナリズムよりも、つくられた〈神話〉を好んだ。
事実を放棄するのは、〈自由〉を放棄することと同じだ。

ファシズム前夜――
いまこそ、本を積み上げよう。〈真実〉があるのを信じよう。
歴史の教訓に学ぼう。

気鋭の歴史家ティモシー・スナイダーが、現在、世界に台頭する
圧政の指導者に正しく抗うための二〇の方法をガイドする。

解説 = 国末憲人

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書籍詳細

分野 人文書
初版年月日 2017/07/25
本体価格 1,200円
判型等 全書版/並製
頁数 144頁

  

 

著者 ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)

『ブラックアース―― ホロコーストの歴史と警告』(上巻・下巻)
(ティモシー・スナイダー 著、池田 年穂 訳)

1969年オハイオ州生まれ。イェール大学歴史学部リチャード・レヴィン講座教授。オクスフォード大学でPh.D.を取得。専攻は中東欧史、ホロコースト史、近代ナショナリズム研究。

邦訳されている著書として『赤い大公――ハプスブルク家と東欧の20世紀』『ブラックアース――ホロコーストの歴史と警告』(共に慶應義塾大学出版会、2014年、2016年)、『ブラッドランド――ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(筑摩書房、2015年)、インタビュアーを務めたトニー・ジャットの遺著『20世紀を考える』(みすず書房、2015年)がある。

中東欧史研究者としての評価は世界的に高く、著書の中で展開される論理は精緻かつ大胆。最新著作『暴政』も、2017年2月下旬にアメリカで刊行されて以降、各国で話題沸騰となり、大ベストセラーへの道程を着実に歩み続けている。

 


  

訳者 池田年穂(いけだ としほ)

1950年横浜市生まれ。慶應義塾大学名誉教授。ティモシー・スナイダーの日本における紹介者として、本書のほかに『赤い大公――ハプスブルク家と東欧の20世紀』『ブラックアース――ホロコーストの歴史と警告』(慶應義塾大学出版会、2014年、2016年)を翻訳している。ほかにタナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』(同、2017年)、マーク・マゾワー『国連と帝国――世界秩序をめぐる攻防の20世紀』(同、2015年)、アダム・シュレイガー『日系人を救った政治家ラルフ・カー』(水声社、2013年)など多数の訳書がある。


  

 

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