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日本の宇宙戦略
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日本の宇宙戦略
「まえがき」より抜粋

  
 
 

 

  本書は、法学部の学生だけではなく、広く大学学部生と宇宙開発利用に関心のある社会人を対象として、国際宇宙法、主要な宇宙活動国の国内法とともに、世界の宇宙開発と利用をめぐる問題の最前線を、国際宇宙法という視点でわかりやすく解説した書籍である。そのため、実用的な解説書であるという位置を守り、学説の紹介は可能な限り差し控えた。

 この本を書こうと思った動機は二つある。一つは、数年前から大学での授業やゼミのために適当な宇宙法の本がないことに不便を感じていたことである。特に筆者が所属するのは湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策学部であり、日常接するのは「問題発見、問題解決」という実践的切り口で研究に取り組む学生であることがそれに拍車をかけていた。 SFCの学生気質は、宇宙法について学ぶときも、その歴史や法源から入り、総論、各論と進んでいくことを潔しとしない。たとえば宇宙ビジネスの起業、というテーマを考え、ロシアから耐空証明のある古い宇宙船を購入し、日本に自己所有のスペースポートを建設して観光業を始めることは可能なのか、可能であればどういう手順を踏むべきなのか、ということを集中的に調べる、というやり方をとりたがる。そのような実践的志向をもつ学生も満足させられるような、宇宙活動の実態、政策および法についての解説を用意したいと考えていた。

 二つめは、宇宙産業に従事する人が必要とする宇宙法の解説書があってもよいのではないか、と考えたことによる。宇宙法に携わっていると、企業の航空宇宙部門のエンジニアの方々にお目にかかる機会が多いが、雑談の中で受ける質問に一定の傾向があることに気づいた。それは、国家と私企業の責任分担についての宇宙法特有の制度からくる法技術的な問題点なのだが、学会誌の法律論文としてではなくわかりやすく解説したものは非常に少ないのである。また、時々、新規宇宙ビジネスを思いついた、ということでそれが実現可能なのか法律的にはどういう問題があるのか答えてほしい、という質問が電子メールで舞い込んで来ることもある。そのため、徐々に、実践的な宇宙法政策の概説書が必要とされていることを痛感するようになっていった。

 本書の構成は以下の通りである。第一章では、宇宙開発の歴史を振り返った。第二章は、国際宇宙法の概要を記述した。公法としての国際宇宙法の全体を扱っている。第三章は、公的団体による国際公益への奉仕と私企業の自由な商業活動という理念との緊張関係にある衛星通信をめぐる歴史と展望を書いた。宇宙ビジネスの希望者の多くが周波数取得の壁に阻まれて断念に追い込まれるが、なぜ周波数を得るのがそれほど難しいのか。「有限な天然資源」とされる周波数や軌道位置について知ることには一定の意義があるのではないかと考える。第四章は、宇宙の軍事利用において何が国際法上許容され、何が禁止されているのかについて検討した。第五章は、前章を受け、では、日本はどのような宇宙の平和利用政策をとってきたのか、ということを実証的に解説したものである。この平和利用政策は、輸出三原則や日米衛星調達合意とともに日本の宇宙産業の発展を阻んできた元凶であると評価されることもあるので、現在に至った経緯を記し、筆者としての提案を最後に付した。第六章は、宇宙の環境問題である。ここ十年国際社会が宇宙の最も大きな問題の一つとして検討している課題で、スペースデブリ(宇宙ゴミ)低減にどう関わっていくかという問題への対応を誤ると、将来の宇宙活動自体を非常な危険にさらすこととなる。また、国家間での責任配分を誤ると、第二の「京都議定書」(先進国のみに二酸化炭素削減義務がある)ともなりかねない。どのような低減ルールが公平で合理的なものなのか、喫緊の課題として取り上げた。第七章は、包括的な宇宙活動法をもつ国の活動法の概要と特色を記している。各国法を概観すると、特に最近できた国内法は宇宙物体の登録問題や宇宙資産の担保的効力統一への動向などを踏まえており、日本にとっても参考になると思われる。第八章は、アジアの宇宙協力の動向である。中国の宇宙協力攻勢が著しい。この章では事実についての数字や国名を若干煩瑣なほど詳細に記した。実態をよりよく知らせるためである。そして終章で、日本はどのような宇宙開発利用に進むのが望ましいと考えるか、私見を記した。

 より専門的な分析を期待する読者にとっては本書では扱いが不十分な箇所も少なくないであろう。特に、衛星等の製造について、資産担保金融を促進するために私法統一国際協会で作成中の宇宙資産議定書については、軽く触れているにとどまる。また、日米衛星調達合意についても法的分析は加えていない。さらに欧州の宇宙法は、本来もっと詳しく触れるべきところである。これらは、本書の後に出版する予定の『宇宙法』教科書において詳細かつ体系的に論じる予定である。

 日本の宇宙戦略を考える上で本書がほんの少しでも役に立つことがあれば、また、なにより宇宙に興味をもつ日本人が一人でも増えれば、と念じている。



 

著者プロフィール:青木 節子(あおき せつこ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。1959年生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科、同大学院法学研究科修士課程を経て、1990年カナダ・マッギル大学法学 部附属航空・宇宙法研究所博士課程修了。1993年D.C.L.(法学博士)。立教大学法学部助手、防衛大学校社会科学教室専任講師、助教授、慶應義塾大 学総合政策学部助教授を経て、2004年4月より現職。文部科学省科学技術・学術審議会臨時委員、宇宙開発委員会特別委員、経済産業省産業構造審議会臨時 委員ほか。
※著者略歴は書籍刊行時のものを表示しています。
 

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