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 2005年2月京都議定書が発効し、同年11月から12月にかけて議定書の運用を司る京都議定書第1回締約国会合(COP/MOP1)が気候変動枠組条約第11回締約国会議(COP11)と同時にカナダのモントリオールで開催された。COP/MOP1では議定書の実施細則が採択され、これにより議定書はその実施の条件が全面的に整えられた。国際社会は議定書の実施に本格的に踏み出すことになる。同時に、COP/MOP1では議定書の第1約束期間(2008-12年)後における先進国の更なる排出削減約束について検討を開始すること、および議定書第9条に基づく議定書の見直し作業の準備を開始することが合意された。さらに、COP11では現在議定書において数量的な排出抑制・削減の義務を課せられていない中国、インド、ブラジルなどの開発途上国や、議定書から離脱している米国とオーストラリアも参加して、地球温暖化問題に関する長期的な協力のための行動について対話を行うことが決定された。


 また2006年1月にはクリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップの第1回閣僚会合が我が国、米国、オーストラリア、中国、インドおよび韓国の6ヶ国が参加し、オーストラリアのシドニーで開催され、産業セクター別の取組や実際の成果につながる具体的取組の重要性を認識しつつ、協力を進める8つの産業分野およびそれぞれの分野での協力の道筋を明らかにした行動計画などが合意された。このように、国際社会は京都議定書が定めていない2013年以降における地球温暖化対策の国際的枠組をどのようなものとするかについて議論を本格化させるとともに、アジア太平洋パートナーシップの下で8つの産業分野のタスクフォースにより費用効果的で効率の良い技術の開発・普及・移転などに取り組む官民協力の新しい試みの一歩が始められることになった。


 このような段階において、改めて京都議定書の交渉過程とその結果としての国際合意についてレビューすることは重要な意義がある。京都議定書交渉過程は、気候変動枠組条約第1回締約国会議(COP1、1995年)から始まり、同第3回会議(京都会議、COP3、1997年)に至る議定書そのものに関する交渉過程と、京都会議以降多くの先進国にとり議定書を批准可能なものとするための議定書の運用ルールに関する交渉、およびこれと一体的に行われた条約の実施促進に関する交渉の過程とに分けることができる。このうち、前者の京都議定書そのものに関する交渉過程については、すでに内外で多くの報告が行われ、文献が出版されている。他方、京都会議以降の交渉過程については、未だ報告や文献が少なく、とりわけこの過程に関与した者がその作業を行った例はほとんどないため、直接的・間接的に関与した関係者以外には必ずしも実態が良く知られていない。


 

そこで、本書では京都会議以降、気候変動枠組条約締約国会議やその補助機関会合などで、京都議定書や気候変動枠組条約の実施に関し、何が問題となり、どのような交渉が行われ、いかなる合意が形成されたのかを振り返り、整理することとする。このような作業は、以下のような点で重要な意義を有するものであると確信する。


1) 京都会議以降の段階における国際的な交渉プロセスにおいては、大別して京都議定書の実施に関する問題と、条約の実施に関する問題を扱った。前者の京都議定書の実施に関する問題については、多くの先進国にとってそれらに関し国際的な合意がないと議定書に定める義務の内容が具体的に確定せず、議定書の締結に関する意志を固めることが困難であるという事情があった。ここで取り上げた問題は、京都議定書に定められた排出量取引、共同実施およびクリーン開発メカニズム(京都メカニズム)や、森林などの吸収源による温室効果ガスの除去と排出の排出割当量への算入に関するルール、温室効果ガスの排出と吸収に関する国家的推計システムのための指針、条約締約国会議に送付すべき排出と吸収に関する国家目録や議定書の約束の遵守に関する情報の準備についての指針、議定書締約国会合の下におかれる専門家レビュー・チームによる議定書締約国の実施状況に関するレビューのための指針、遵守に関する手続きとメカニズムといった事項であった。これらはいずれもきわめて専門的、技術的な検討を必要とし、政府間交渉の内容とその結果は一部を除き部外者には大変難解であった。


2)他方、こうした交渉プロセスを経て合意された内容は京都議定書を実施する上できわめて重要な意味を有しており、政府関係者はもとより、議定書の実施に関与する人々やこの問題に関心を有する多くの人々がそうした合意内容を良く理解しておく必要がある。なお、京都議定書の実施上重要な意味を有する遵守制度のうち、締約国の不遵守の際に講じられる措置に法的な拘束力をもたせるか否かについては、議定書第1回議定書締約国会合において「遵守に関する手続とメカニズム」についてのマラケシュ合意が採択されたことから、当面法的拘束力をもたない形で議定書の運用が開始されることになったが、同時に法的拘束力をもたせるために必要な議定書の改正について、2007年に予定される議定書第3回締約国会合において決定することを目的として検討を開始することが合意された。この意味で、この問題はなお最終的な決着がついておらず、引き続き検討が行われることになっている。このように重要な事項の検討に当たって、これまでの交渉過程や合意内容を良く理解しておくことは重要な意味をもつ。


3)さらに、2013年以降の行動の国際的枠組に関する議論が本格化すると、新たに構築すべき枠組と条約や京都議定書の仕組みとの関係が一つの大きな論点になるであろう。その際に、京都議定書の仕組みの具体的な運用ルールがどのような交渉経過を経て合意に至ったのかについて、また同時並行で進められた条約の実施促進に関する交渉過程やその結果としての合意内容について良く理解しておくことは、同様に重要な意味を有する。


 以上のような理由で、本書は京都会議以降、主には京都議定書そのものに関する交渉の「次のプロセス」を具体的に規定する「ブエノスアイレス行動計画」に合意した条約第4回締約国会議(COP4)から、同行動計画の実施に関する「マラケシュ合意」を成し遂げた条約第7回締約国会議(COP7)までのプロセスを対象としている。執筆は、環境省およびその前身である環境庁においてこのプロセスを担当した関係者が分担して行った。


 まず、第1章では京都会議以降COP4におけるブエノスアイレス行動計画の合意までのプロセスを取り上げている(担当:浜中)。次いで、第2章ではブエノスアイレス行動計画の下での検討作業を終了させるべく精力的に交渉を進めた条約第6回締約国会議(COP6)およびCOP6での交渉不調を受けて引き続き合意の可能性を模索した2000年末までのプロセスをレビューしている(担当:関谷毅史)。さらに、第3章では2001年に入り、米国ブッシュ政権による京都議定書不参加表明や、これに対する日欧などの米国への働きかけ、そしてCOP6再会会合での「ボン合意」に至るまでのプロセスを取り上げている(担当:高橋康夫)。そして、第4章ではボン合意を受けてこれを合意テキストにすべく詰めの検討を行い「マラケシュ合意」に至ったCOP7までのプロセスをレビューしている(担当:大倉紀彰)。また、第5章では、以上のプロセスを通じて重要な交渉事項の一つであり、とりわけ我が国にとって京都議定書の実施上きわめて重要な意味を有している森林などの吸収源の扱いに関する交渉過程を取り上げている(担当:木村祐二)。


 本交渉過程は、前記のとおりきわめて専門的かつ技術的な内容を含む交渉の課題が複数あり、それらが同時並行で進行する複雑なプロセスであった。このため、各執筆者の分担部分について用語の使用を含め相互の記述の不整合が生ずる可能性があり、これをできるだけ回避するよう努めるとともに、交渉過程の年表および用語集を作成した(担当:久保田泉)。なお、本書が対象とした交渉プロセスに環境庁の交渉担当室長として関与した環境省梶原成元氏から報告内容の全般にわたって貴重なコメントをいただいた。各分担執筆者ならびにとりまとめに当たり貴重な貢献をいただいた環境省梶原成元氏に感謝したい。


 

本書は、政府、地方公共団体、企業、NPO、大学、研究機関などで今後京都議定書の実施や2013年以降の行動の国際的枠組に関する国際的議論にさまざまな形で関与するであろう関係者をはじめ、広く地球温暖化問題に関心を有する人々を対象としている。本書が京都議定書交渉過程の全体像に関する読者の理解を深めることに寄与し、今後の業務に役立てられることを願っている。




 

 

 
著者プロフィール:浜中裕徳
慶應義塾大学環境情報学部教授 (元環境省地球環境審議官)
※著者略歴は書籍刊行時のものを表示しています。
 

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