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組織自律力
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組織自律力―マネジメント像の転換
「はしがき」

  
 
 

 人類の誕生とともに組織があった。人類は生きるために組織を必要とした。組織という言葉があったかどうかは別の話である。かなり原始的な生活をしていた私たちの先祖も組織を生きる術とした。たとえば、狩りをするとき、私たちの祖先はスキルに応じて集団を編成した。槍を遠くまで飛ばすことに長けた者、正確に獲物の心臓を射抜くことができる弓矢の技術がある者、棍棒で最期の一撃を加える腕力自慢の者、そして獲物を大声で追い出すことに巧みな者、そしておそらくは集団をまとめるリーダーもいたことであろう。
 いずれにしろ、彼らが獲物を仕留めて来るのを家族そして共同体の人々は首を長くして待っていたのである。獲物は明日来るかもしれないし、五日後に来るかもしれない。いずれにしろ、獲物の肉を口にすることよって、共同体の人々は命をつないだのである。家族は血縁で結ばれ、共同体は地縁で結ばれた人間の集団である。この意味で自然発生的な集団と呼んでよい。
 しかし、狩りの集団は違う。目的をもち、それを達成しようと人為的に作られたものである。今から100万年前の氷河期において、狩りは人類にとって生活の基盤であった。マンモスは人類に食糧、衣服そして生活道具を提供したのである。農耕や牧畜が始まる新石器時代(およそ8000年前)になるまで、狩りが人類の命を支えたのである。したがって、確実に獲物を仕留めるために狩りの集団に誰を参加させるか、どのように編成するのかといったことは文字どおり命がけで解かなければならない課題であった。

 さて、ここで時計を一挙に進め21世紀の話をしよう。カルロス・ゴーンが日産自動車を再建するために編成したクロス・ファンクショナル・チームと、私たちの先祖が狩りのために編成した集団とが、あまりに似ていることに気づく。否、まったく同じであるといってよい。クロス・ファンクショナル・チームのメンバーは瀕死の日産自動車を蘇らせるために協働した。ちょうど私たちの祖先が狩りの集団をつくり、人々の生活の糧を得るために協働したように。
 このように、私たちは100万年前から組織を活用し続けていると考えることができる。そして、確実に組織の規模は大きくなり、私たちの生活のあらゆる場面に入り込んでいる。いまや組織なしでは生活は成り立たないほどである。たとえば、会社という組織のメンバーになり、会社の目的に貢献することによって経済的基盤を得ている人は多い。1日の大半の時間を会社のなかで過ごす。そして、人生のかなりの時間も会社のなかで過ごす。そのため、組織で働いている人はその組織をきちんと把握し、そして目的を達成するために行動を調整できると考えている。
 たしかに、会社のトップマネジメントであれば、全社を見渡すことのできる位置にあり、一人ひとりの行動を調整できそうである。また、調整しようと思えば、調整できる権限があると一般に考えられている。人類の進化とともに、組織をマネジメントする能力も進歩してきたと考えることもできる。たとえば、狩りの集団が10名前後で構成されたとすれば、21世紀の現代では社員が100万人を超える会社も存在する。100万人が協働し、ひとつの目的を達成するというシステムが稼動しているのである。まさに、マネジメント能力が向上したといってよいであろう。
 しかし、ひとりあるいは少数の人間が100万人の人間の行動を把握し、コントロールするということを想定するのは、無理があるのではないだろうか。さらに組織をめぐる環境は一時もとどまることはない。組織自体も常に変化している。このような状況なかで、組織は実際にどのように目的を達成しているのであろうか。この疑問に本書は答えようと試みている。
 一見ばらばらに行動しているようにしか見えない組織のメンバーが、ある時点で共有化された目的を達成するという仕組みは見事というしかない。このような特徴をもつメンバーの行動を自律的行動と本書では表現しているが、一つひとつの自律的行動があるまとまりをもつという現象に驚きを覚える。この感覚を出発点として、筆者は博士論文を書いた。そして今でもこの疑問に答えようと試みを続けている。その意味で本書は中間報告である。

著者プロフィール:佐藤 剛(さとう たけし)
グロービス経営大学院大学経営研究科教授。 1984年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、流通政策研究所主任研究員、長野大学産業社会学部産業情報学科教授を経て、2006年4月より現職。専攻は組織行動学。2002年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了。博士(経営学)
※著者略歴は書籍刊行時のものを表示しています。
 

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