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巻頭随筆

移行期支援の質は高まったか――発達障害者支援法施行10年を迎えて  柘植雅義

 

 マラソンとリレーには大きな違いがあります。リレーランナーは、決められた区間を一人でいかに走るかということの他に、前の走者からバトンをどのように受け取るか、そして、後の走者にバトンをどのように渡していくかという仕事が加わるからです。そしてこのバトンの受け渡しこそがリレーというチームプレーの結果を大きく左右します。

 さて、教育という視点から子どもの移行期を見ると、家庭から幼稚園、幼稚園から小学校、小学校から中学校、中学校から高等学校、高等学校から大学、そして高等学校や大学等から就労・社会と移行が継続します。それは何と20年ほどにわたります。なお就学前では、幼稚園のほか保育所や認定こども園という選択肢があり、併せて療育センター等の利用も可能です。また、例えば下校後に放課後デイサービスを受けていると、単に学校間の移行に留まりません。そしてその際、教育、福祉、医療、労働等様々な関係機関の密接な連携が必要となります。こうして、現在では移行期支援は多様化し複雑化し包括的支援が必要となってきています。

 しかし、現在、移行期支援にはいくつかの間題点が存在します。

 一つ目は意識の問題です。そもそも移行期支援の重要性の意識が関係者に適切に持たれているでしょうか? 確かな移行期支援は、支援の質の向上、支援の連続性、支援の透明性に深く関わります。

 二つ目はツールの問題です。教育において最も重要なツールは「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」です。2001年、新たな特別支援教育への転換に向けた助走が始まると、幼稚園、小学校、中学校、高等学校において両計画の作成が始まりましたが、15年目の2015年の現在、残念ながら学校差や地域差があまりにも大きく、危惧する状態です。さらに問題なのは、両計画が如何に作成され運用され成果が出ているかというデータがないことです。特に「個別の教育支援計画」は、福祉や医療や労働等の視点も含めた包括的な計画である「個別の支援計画」へと包み込まれ、生涯にわたって引き継がれていきます。

 三つ目は制度の問題です。これらのツールの作成義務が、他国と異なり、日本では、例えば、学校教育法や発達障害者支援法、障害者基本法等に明確に位置づけられていないことが大きな問題です。

 四つ目は評価の問題です。様々な支援の評価指標が時に明確ではなく、評価があいまいな状態になっています。そして、「個々の時期における支援の評価」と共に、まさに「移行期(移行そのもの)における支援の評価」を明確に行うことが大切です。

 五つ目は発達障害者特有の問題です。発達障害の理解の困難、アセスメントの困難、支援方策の未開発、サービスの不足、制度の未熟等が発達障害特有の問題として多々存在します。そしてまた、他の障害と比べて歴史が浅いことから、「送り出す側」と「受け取る側」における上記の困難や不足や未熟の状態は大きく違う場合があり、これもまた移行期における発達障害特有の問題なのです。

 発達障害者支援法施行から10年を迎え、移行期支援の質は高まったか、と問われれば、「Yes!でありNo!」でしょう。発達障害者支援法は、確かに理解や支援の充実発展に多大な果実をもたらしました。しかし先に述べた問題が未解決です。そして他の障害以上に、発達障害者こそ「個別の指導計画」「個別の教育支援計画」が重要という認識と法整備と予算の重点配分が必要です。発達障害者支援が真に成功するかどうか、それは移行期支援が成功するかどうかにかかっているのです。支援に関わる者がリレーランナーとしての自分の役割を認識し役割を遂行し、次の支援者に託していくこと、それにかかっています。


 
執筆者紹介
柘植雅義(つげ・まさよし)

筑波大学人間系障害科学域知的・発達・行動障害学分野教授。博士(教育学)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員、文部科学省特別支援教育調査官、兵庫教育大学教授、国立特別支援教育総合研究所上席総括研究員/発達障害教育情報センター長等を経て現職。日本LD学会理事長、日本心理学諸学会連合常任理事、内閣府障害者政策委員会委員等。近著に『特別支援教育』(中公新書、2013年)、『エビデンスに基づく教育政策』(編訳、勁草書房、2013年)、『アメリカのIEP』(監訳、中央法規出版、2012年)など。

 
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