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巻頭随筆

グローバル化の中で加速する小学校の外国語教育  望田研吾

 

 わが国では2020年から小学校中学年からの英語教育導入と5、6年での英語教科化が予定されています。これは、加速度的に進展するグローバル化の中で、英語能力がますます必要になってきたことを背景にしています。こうした小学校での外国語教育の導入や義務化の動きは、わが国だけではなく世界で広まっているようです。

 イギリス政府機関のブリティッシュ・カウンシルが2011年に行った64の国・地域の小学校の英語教育に関する調査によると、英語教育の開始学年は、小学1年が中国、香港、インドなど30の国と地域、小学2年がフランス、ロシアなど6カ国、小学3年がフィンランド、韓国、台湾など11カ国、小学4年がアルゼンチン、デンマーク、イスラエルの3カ国、小学5年が日本とブラジルの2カ国、小学5年以降がインドネシアなど7カ国、その他5カ国となっており、中国、香港、韓国、台湾などのアジアの国々・地域を含む半数以上が小学校低・中学年から英語教育を開始しています。こうした小学校低・中学年からの英語教育導入は、近年の顕著な動向となっており、この10年で22の国・地域が英語教育開始の学年を引き下げ、また11の国・地域が英語を義務化しています。わが国の小学校での英語教育の拡充・強化は、こうした世界の動きに、乗り遅れまいとすることのあらわれと言えます。

 進展するグローバル化は、英語の「本家」イギリスの小学校教育にも大きな影響を与えています。英語が母語であるイギリスでは、もともと外国語学習の必要性への意識が低いと言われてきました。14カ国の15歳生徒を対象とした、外国語能力に関する欧州委員会の調査では、学校で教えられる主要な外国語(イギリスの場合はフランス語)のリーディング、ライティング、リスニングでイギリスの生徒は最下位という結果でした。こうした低い外国語能力はグローバルな競争が激化するなかで、イギリスの経済発展を阻害しかねない要因であるとして、イギリス政府は2014年9月から小学校での外国語教育を義務化したのです。イギリスの小学校の60%は7歳から11歳で外国語を教えてきてはいましたが、外国語をまったく教えていない小学校も10%ほどあったのです。新たな外国語義務化では、7歳から11歳のすべての児童が、フランス語、ドイツ語、スペイン語などから1つの外国語を学んで、11歳での小学校卒業までに「正しい発音で話し、簡単な考えをはっきりと表現し、正しい文法で短い文章を書けるようになる」という目標が立てられました。

 これまでの小学校での外国語教育は時間数も少なく、授業も外国語専門の講師によるものが多かったのですが、義務化となると授業時間も増え、担任の教師も外国語能力が必要となります。そのため、教師の能力不足という問題が指摘されました。ある調査によると、約2割の小学校教師は、外国語のレベルが16歳の義務教育修了程度でした。わが国でも小学校の英語教科化で問題となるのは教師の能力ですが、同じことがイギリスでも言われています。しかし、イギリスの教育界は、義務化によってイギリスの学校での外国語教育がさらに改善する基盤が作られたとして、大方では歓迎しているようです。

 ひるがえって、わが国の小学校での英語教科化は、子どもたちの英語能力向上の基盤と果たしてなりうるのか、さまざまな条件を考えると確言は難しいかもしれません。


 
執筆者紹介
望田研吾(もちだ・けんご)

中村学園大学教育学部教授、中村学園大学大学院教育学研究科長。九州大学名誉教授。教育と医学の会会長。教育学博士。専門は比較教育学。前アジア比較教育学会会長。九州大学大学院人間環境学研究院教授などを経て現職。著書に『現代イギリスの中等教育改革の研究』(九州大学出版会、1996年)、『21世紀の教育改革と教育交流』(編著、東信堂、2010年)など。

 

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