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巻頭随筆

子どもたちはどこの駅で降りたのか?   満留昭久

 

 児童福祉法(1948年施行)に基づいて始まったわが国の社会的養護制度は、この60年間ほとんどその形を変えてきませんでした。社会的養護を必要とする子どもたちの90%は、児童養護施設や乳児院などの施設養護で育ち、里親などによる家庭養護で育つ子どもは10%にすぎないという形は、国連から数回の勧告を受けたにもかかわらず変わりませんでした。しかし、ようやく新しい動きが出てきました。

 2003年厚生労働省は「社会的養護のあり方に関する専門委員会」を設置し、わが国の社会的養護の課題として、@施設中心の養護体制(多くが20人以上の子どもたちが生活する大舎)で、里親委託による家庭養護がきわめて少ないこと、A社会的養護を必要とする子どもたちの背景が多様化してきていること、とくに被虐待児が増加し養育に対する専門的な対応が必要になってきていること、B自立支援の体制が不十分であること、などが指摘され、今後の見直しの方向性について検討を始めました。

 一方2009年国連も、子どもの権利条約(1989年)で示された「家庭で育つことは子どもの権利である」を基盤として、「子どもの代替的養育に関するガイドライン」を発行しました。このガイドラインでは、家族は基本的な社会の集団であり、子どもの発達と幸福と保護のための本来の姿であること、代替的養育は最終手段であり、できる限り短期間にして、実の親、あるいは近親者の養育にとどまることに力をつくすべきであること、大型の施設は廃止の方針にすることなど、社会的養護に対する基本的な考え方が示されました。さらに2010年には国連「子どもの権利委員会」から日本政府へ“社会的養護は里親家庭または小集団の家庭的環境で提供すること、養育の質を定期的に監視し、最低基準を守ること、国連の「子どもの代替的養育に関するガイドライン」を守ること”などの総括意見が提示されました。

 そして、2011年厚生労働省の「社会養護専門委員会」は〈社会的養護の課題と将来像〉を策定し、家庭養護の推進を強調し、里親委託優先の原則を打ち出し、児童養護施設も小規模化と家庭的な養育環境での養育をめざすなどの基本方向を提示しました。これらの改革の動きは国連のガイドラインの方向性と同じであり、わが国の社会的養護のこれからを考えるうえで大きな期待感をもって受け入れられます。ただ社会的養護を離れていく若者が自立していく課題は、厚労省の専門委員会でも取り上げられ、支援の充実をうたっていますが、その支援システムも現状ではきわめて不十分であり、今後その重要性を強調していく必要があると思われます。

 2010年4月、多くの人々から支援をいただいて家庭養護の新しいモデルをめざした「子どもの村福岡」が設立されました。支援をいただいたベテランの小児科医が言った言葉が忘れられません。「小児科医の多くは“社会的養護”という言葉にあまりなじみがなかったが、虐待を受け、実の親と暮らせなくなった子どもたちを、児童相談所という駅から汽車に乗せてきた。しかし、その汽車がどこに行ったのか、子どもたちがどこの駅で降りたのか、関心がなかった」

 汽車の行き先は、小児科医だけでなく、大人の誰もが見つめる問題だと思っています。


 
執筆者紹介
満留昭久(みつどめ・あきひさ)

福岡大学名誉教授。国際医療福祉大学大学院教授。福岡国際医療福祉学院学院長。医学博士。専門は小児科・小児神経学。教育と医学の会理事。NPO法人SOS子どもの村JAPAN副理事長。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科教授、同医学部長などを経て現職。著書に『ベッドサイドの小児の診かた〈第2版〉』(編著、南山堂、2001年)、『こころをつなぐ小児医療』(慶應義塾大学出版会、2013年)、『慢性疾患の子どもの学校生活』(編、同、2014年)ほか多数。

 
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