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巻頭随筆

思春期と発達障害   遠矢浩一

 

 発達障害の概念や支援の在り方についての考え方は、近年、その姿を変えつつあります。

 たとえば、DSMの改訂がその一つです。DSM‐W‐TRからDSM‐5に新しく改訂された精神医学的診断基準においては、Mental Retardation は Intellectual disabilities とその名称を変え、知的能力障害程度の判断において、必要な支援を決定するのはIQ値ではなく適応機能である、との考え方からIQ基準値は廃止されました。また、自閉症の概念に関しても、広汎性発達障害、アスペルガー障害等の個別の用語が廃止され、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder)という包括的な用語に統一されました。さらには、社会コミュニケーションの著明な欠陥がありながらも、その症状が自閉スペクトラム症の基準に合致しない人は、社会的(語用論的)コミュニケーション症 Social(Pragmatic)Communication Disorder と診断されるべきであるとされました。個々の症状に細かく診断基準を設けるのではなく、その人の社会的適応状況を重視して症状を診ていく視点が重視されているように思われます。

 一方、発達障害児の支援施策においては、2014年1月20日(現地時間)ニューヨークにおいて、我が国は、「障害者の権利に関する条約」の批准書を国際連合事務総長に寄託し、同年2月19日に効力が生ずることとなりました。本条約の中では、障害の概念について「障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め」るべきことがうたわれています。

 こうした診断概念や施策等において共通して見て取れる考え方は、「障害」を、個人が有する固定的な状態としてとらえるのではなく、周囲の人々を含む、種々の環境因によって大きく変化しうる可変的なものとしてとらえる考え方です。既に、WHO(2001年)から出されている国際生活機能分類では、個人が特定の「機能障害」の状態にあったとしても、個人因子、環境因子、健康状態など、種々の要因の影響を受けてより肯定的な「活動と参加」の様態へと変化しうることを示していました。さらに、障害概念、施策のいずれにおいても、このように多次元的な視点から「障害」を有する個人の適応についてとらえる方向性にあります。

 思春期・青年期の発達障害について考えてみると、子どもたちは、アイデンティティの確立と拡散という、障害の有無にかかわらず直面する発達課題に取り組みながら、同時に、発達障害ゆえに抱える対人関係の困難性に対処するという二重三重の課題解決を強いられます。そうした子どもたちにとって難しいのは、自我同一性が個人内の対物的な経験を通して獲得されるのではなく、人と人、という対他的体験を通して、相対的に形作られていくという事実です。そこで重要となってくるのは、いかに豊かでバリエーションに富んだ対人関係の体験を積み重ねることができるのか、ということです。そうした関わりの中で、子どもたちは、自分について知り、社会に適応していくために不可欠な、自己意識を確立していくのです。子どもたちの適応、アイデンティティ、自己意識などの概念を思い浮かべながら、障害者権利条約も謳う「インクルーシブ」な社会の構築において必要な視点について今改めて問い直すことは、「教育と医学」誌においてまさにタイムリーといえるでしょう。


 
執筆者紹介
遠矢浩一(とおや・こういち)

九州大学大学院人間環境学研究院心理臨床学講座教授。同大学院附属総合臨床心理センター生涯発達支援部門室長。Ph.D.(教育心理学)。臨床心理士・学校心理士。九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。著書に『自閉症児の「きょうだい」のために』(翻訳、ナカニシヤ出版、2003年)、『軽度発達障害児のためのグループセラピー』(編著、同、2006年)、『障がいをもつこどもの「きょうだい」を支える』(編著、同、2009年)など。

 
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