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巻頭随筆

新学期と子ども ――“節目”を活かす     小泉令三

 

 新学期は、新しい学校への入学の時期です。「希望に胸ふくらませ」とか「希望と不安が入り交じった」といった言葉が、枕詞のように使われます。人生の重要な“節目”の一つなのですが、近年、「小1プロブレム」や「中1ギャップ」(中1プロブレム)という言葉に見られるように、入学にともなう諸問題が注目されるようになりました。実は、小中学校への入学に限らず、高校入学後まもない時期での退学や転学、社会に巣立ってからの早期の離職などについても、増加傾向が話題になっています。

 これらの“節目”では新しい環境に移ることを経験するため、「環境移行事態」(山本多喜司、シーモア・ワップナー編著『人生移行の発達心理学』北大路書房、1992年を参照)と呼ばれています。そこでは、必ず適応・不適応の問題がともないます。

 先に見たように、ともすると不適応の面が目につきやすく、話題になりがちですが、実は適応の側面こそが重要なのではないでしょうか。私たちの人生の歩みでは、何度か新しい環境への適応場面に出合います。学校を終えた後でいえば、転居、転勤、転職、結婚、出産、あるいは悲しいことですが離別や死別などが挙げられます。私たちはそれぞれの段階を経て、人間としての成長が進んでいくのです。それぞれの“節目”が重要であるゆえに、うまく対処できない場合、不適応状態に陥るということで注目されます。しかし、基本的にこれらの“節目”は、人間を成長させる重要な分岐点だという認識が重要なのではないでしょうか。

 子どもが不適応に陥ると、個別あるいは小グループ形態での支援がなされ、時には家族も支援対象となることがあります。これは、以前から教育相談や学校カウンセリング分野などで取り組まれていて、実践の蓄積があります。ただし、最近はそうした個別の支援に基づく対処では対応しきれないほど数が増えたり、あるいは教室内での秩序の維持のように既存の教育方法に支障が出たりする事態が生じています。

 こうした背景のもと、対処だけではなく予防的な対策として、オリエンテーションを充実させたり、あるいは保・幼小、小中、あるいは中高といった学校間の連携推進や一貫した教育的取り組みが講じられるようになっています。こうした予防的な取り組みは、入学などに限らず、学年の進級にともなうクラス編成などでも重要になっています。

 以上のような対処から予防へという流れの中で、特に重要だと感じるのは、単に目前の環境移行事態を乗り切るためだけの支援にとどまらず、それに続く“節目”にも活かせるように、より長期的な視点が必要なのではないかということです。

 例えば、中学に入学して新しい学級での最初の顔合わせのとき、互いに親しくなれるように挨拶と自己紹介、そしてゲームなどをするのが一般的です。そのとき、「初対面の挨拶はこういった手順と内容ですれば、どこでも使える」といった視点で指導すれば、その後の他校との交流やさらには高校入学などでも適用できます。つまり、社会的スキル(気づきとコツ)を身に着けさせるという観点をもつことが有効なのではないかと考えています。人生で続いてやってくる“節目”を適応的に迎え、かつ有意義なものにできるように、今の“節目”を活かすような取り組みが求められているのです。

 今後、こうした環境移行事態に限らず、子どもがちょっとした気づきやコツを身に着けられるように、学校等で目的的・意図的に取り組む教育活動の必要性はますます高まると予想されます(小泉令三『社会性と情動の学習(SEL-8S)の導入と実践』ミネルヴァ書房、2011年を参照)。教育関係者が、今後ぜひ取り組んでいくべき課題の一つといえるでしょう。


 
執筆者紹介
小泉令三(こいずみ・れいぞう)

福岡教育大学教職大学院教授。博士(心理学)。専門は学校心理学、教育心理学。公立小中学校教諭を経た後、兵庫教育大学大学院および広島大学大学院教育学研究科博士課程前期教育心理学専攻修了。著書に『子どもの人間関係能力を育てるSEL-8S〈全3巻〉』(ミネルヴァ書房、2011年)、『子どもの学校適応を促進しよう』(共著、ブレーン出版、2007年)、『図説子どものための適応援助』(編著、北大路書房、2006年)など。

 
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