Browse
立ち読み
巻頭随筆

自閉症のこころを理解する     佐々木正美

 

 1943年レオ・カナー、翌44年ハンス・アスペルガーの報告以来、自閉症の理解については、さまざまに紆余曲折を経てきた。

 今日でいう統合失調症に近い考えや、親から拒否や攻撃の対象になり、こころを閉ざした情緒障害の状態とするものまで、多様な理論が行き交ってきた。学校教育の現場では、近年まで自閉症学級と情緒障害学級は、ほぼ同義的なものであった。

 そして現在、本号でも脳科学的な論述がなされるように、神経学や脳科学の研究成果が着実な歩みを見せることになり、自閉症の新たな本質の理解に希望を与えてくれている。

 さらにこの二十余年の新たな大きな潮流に、わが国を含めて世界の各地から、自閉症当事者の発言がある。本人の発言であるから、間違いはなく、嘘偽りもない。こころの奥底に、実感していることをそのままに語って教えてくれる。

 自閉症の人は視覚的な世界に親和性が大きい。目で見て理解や了解できる環境や情報に馴染みやすい。聴覚的な情報に想像力を混じえて意味を見出すことは苦手である。そのため、未来を生きることには興味や関心を抱きにくい。現在の具体的な事象の中で生きる。

 さらに、一度に興味や関心を示す範囲が狭い。そしてしばしば深い。そのため一対一の相手との対話や会話には応じても、何人か複数の人との対話や雑談には、参加しないか、できないのが普通である。

 このように、自閉症の人と定型発達の人とが住んでいる世界や文化は、多様に異なっている。そのために自閉症の人のほうから、一般の人が共有し合っている世界や文化のなかに近づいたり、入ったりしてくることにはさまざまな困難があり、しばしば不可能である。

 自閉症の人々と共存し合うためには、こちらから自閉症の人たちの世界に入っていく努力をして、文化を理解し共有し合うことが前提となる。その前提を踏襲し得なかった時代には、さまざまな不幸が、両者の間に介在したことは記憶に新しい。

 「無理解なのに、熱心に指導しようとした人によって、私たちはひどく苦しめられてきました」。高機能自閉症の人の、苦渋に満ちた証言である。

 「私はことばではなく、絵によって考えるように生まれついてきた」「相手が自分と違うことを考えていることが分からない」「自分で話していることを、自分で聞き続けることができない」「講義よりも、教科書や参考書を読むことで学んできた」「予定外のことが起きると混乱する」「幸福の意味は、フレンチトーストを食べること」「苦痛であった記憶を消すことができない」「理解してほしい。理解できなかったら、支援はしないでほしい」。自閉症の人たちが、自らの心のうちを語ることばである。

 筆者は、自閉症の人の神経心理的特性について、脳内の多様な知識や経験を、同時総合的に機能させることがないもの、あるいはできないもの、と理解している。

 
執筆者紹介
佐々木正美(ささき・まさみ)

川崎医療福祉大学特任教授。専門は児童青年精神医学。新潟大学医学部卒業。東京大学医学部精神科、ブリティッシュ・コロンビア大学医学部児童精神科、小児療育相談センター長等を経て現職。著書に『子どもへのまなざし』(福音館書店、1998年)、『自閉症児のためのTEACCHハンドブック』(学習研究社、2008年)、『発達障がい児の子育て』(監修、大和書房、2012年)ほか多数。

 
ページトップへ
Copyright © 2004-2013 Keio University Press Inc. All rights reserved.