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巻頭随筆

今なぜチームワーク“力”が問われるのか     山口裕幸

 

 昨今、チームスポーツの世界だけでなく、職場や学校など、様々な集団活動の場で、「もっとチームワークを発揮して!」という声が大きくなってきている。人間が社会を形成し、集団で生活する動物である以上、チームワークの大切さは改めて指摘するまでもない。より良いチームワークをとることは、円滑なコミュニケーションや的確なリーダーシップと同じように、集団の効率的な活動を考えるときに、必ずといっていいほど議論されてきた課題であるはずだ。なぜ、今さらチームワークを発揮する力が問われるのか。

 ひとつには、個人の利益を尊重する態度が日本社会に浸透してきたことの副作用とみることができるだろう。わが国は伝統的に、集団全体の利益を優先し、個人には犠牲を強いる集団主義的な社会規範が優勢であると指摘されてきた。集団のメンバーがチームワークを考慮しながら判断し、行動することは当たり前のことであり、組織の管理者がことさらに心を砕く必要のある問題ではなかったのかもしれない。実際のところ、1980年代までは、わが国で、チームワークが組織マネジメントの課題として取り上げられることは稀であった。

 ところが、組織経営に成果主義が導入され、自己のキャリアを高めるための転職が珍しくなくなった1990年代以降、個人は、職場全体やチームの業績よりも、自己の個人的な業績を高めることの方を優先する傾向が強まってきた。これは、集団主義的な圧力への反発や反省から、個性を尊重し、個人利益の優先を受容する傾向が社会に浸透してきた時期と重なっている。コミュニケーションの希薄化が問題視され、チームワークの欠乏が嘆かれる事態も、ほぼ時を同じくして出現している。個の尊重へと社会規範の振り子が振れるなかで、チームワークは軽視されてしまい、職場や学校の集団活動に支障が出始めたのであろう。

 もうひとつ見過ごせないのが、様々な側面で社会の多様化が進んでいる現状である。個性の尊重は、多様な価値観を受容する社会を作り上げつつある。また、世界中の人々と交流しながら働いたり学んだりするチャンスが増え、多様な文化を理解し、一緒に問題を解決したり、力を合わせて仕事をする場面も生まれてきている。ただ、多様性が進む社会では、メンバー各自が自分の考えを主張し合うあまり、集団としてまとまりのある活動が難しくなることも少なくない。心をひとつにしてがんばるべきときに、見解の相違によって集団活動が停滞してしまう脆さを伴っているのが、多様化の進む社会のひとつの特徴である。

 個々のメンバーの幸福と満足を確保しながら、集団としてまとまりのある活動を導く鍵を握っているのが、チームワークの充実である。変化に富み多様性を増す社会の中で、個人も組織も健全に適応し発展していくために、チームワーク力を育成し強化する取り組みは、ますます大切になってくると思われる。一人ひとりの、そして、チームとしてのチームワーク力とはいかなるものなのか、どうすれば育み、高めていくことができるのか、一緒に考えてみたい。

 
執筆者紹介
山口裕幸(やまぐち・ひろゆき)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。博士(教育心理学)。専門は社会心理学、組織心理学、集団力学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。日本グループ・ダイナミックス学会会長。著書に『産業・組織心理学』(有斐閣、2006年)、『多数派結成行動の社会心理学』(ナカニシヤ出版、1998年)、『よくわかる産業・組織心理学』(共編、ミネルヴァ書房、2007年)、『チームワークの心理学』(サイエンス社、2008年)、『〈先取り志向〉の組織心理学』(共編著、有斐閣、2012年)など。

 
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