2
Browse
立ち読み
巻頭随筆

子どもにとっての環境変化     荒木登茂子

 

 日本中を駆け巡った衝撃の3.11から一年が経ちました。地震や津波や原発の問題は大きな爪痕を残し、今もなお社会的・経済的・心理的な問題を提示しています。しかし逆境の中で、人は艱難辛苦の末に立ち上がり、仲間と連携して希望を見出して生きようとしています。このような心理・社会現象はまた、子どもたちの世界の縮図でもあると言えます。

 誕生した赤ん坊は、それぞれの人間関係の中で世界への適応を模索し始めます。最初の産声は環境の激変への反応と適応のための泣き叫びであり、精いっぱいの自己表現でもあります。生まれてきたという事実は、どの子どもも人生の最初の大きな環境変化を全身でなんとか受け止めて、その子なりに新しい世界への長いトンネルをくぐり抜けた証しです。誕生後の人間関係や摂食行動や排泄のトレーニングや対人葛藤はすべて子どもが直面する新しい環境であり、そこで生きていくための適応を必要とします。こう考えると、人は誰もがとまどいながらも常に変化する環境に飛び込み、倒れては起き上がり、適応を模索し続け、人生を歩んでいくと言えます。

 その中でもいくつかの節目である大きな環境の変化があります。幼稚園・保育園、小学校、中学校、高校、大学という変化に富んだ学校生活を軸にして子どもは成長していきます。しかし節目には不安定がつきものです。

 様々な要因が複雑に絡み合った千差万別の子どもの個性を受け入れて成長を促すためには、節目にある子どもの現状をきちんととらえることが必要になります。遺伝的要因や発達障害や性格特性などの子ども自身の心身の要因、養育者や友人といった子どもを取り巻く環境要因およびその要因とのかかわり方は、子どもの不安定さや適応のあり方に大きな影響を及ぼします。

 環境の変化への適応過程は平坦ではなく、心理面や行動面での問題をひき起こすことがあります。しかしこれは子どもがその時にできる精いっぱいの変化に対する反応です。何の問題も無くうまく適応しているように見える子どもが、環境に過剰に合わせ過ぎた結果、身体症状を訴えることもあります。そう考えると、表面的には解消することが求められる困った兆候や問題や症状は、子どもの環境変化に対する適応を支えていくために必要な情報が詰まった宝ものに変化します。

 新たな環境へと足を踏み出す子どもは、石蹴りをして遊ぶ姿に似ています。石をどこにどれくらい投げるか、投げた石に飛び移る時の片足の不安定さをどうカバーするか、転んで悔しくても皆と一緒に笑いとばせるかなどの緊張や不安を伴う遊びは、失敗を糧にできれば、わくわくした喜びを伴う遊びへと変化します。新しい環境になじむことの極意が遊びに含まれています。友達と暗くなるまで石蹴りで遊んだことの意味はここにあったのか! と今さらながら遊びのすばらしさを感じます。

 大人との相互作用の中で、子どもは新しい環境に飛び込んでいきます。大人もまた変化する子どもを適切に支えるという新しい状況で、子どもと同様に試行錯誤を繰り返し、適切な支え方を模索し、適応していくのだと考えられます。子どもの力を損ねることなく、大人が望む軌道に引き込み過ぎず、倒れて立ち上がる子どもをしばらく見守り続け、必要な時に適切な支えを提供する姿勢が持てる大人になりたいものです。

 
執筆者紹介
荒木登茂子(あらき・ともこ)

九州大学大学院医療経営・管理学講座医療コミュニケーション分野教授。専門は臨床心理学、カウンセリング、芸術療法、医療コミュニケーション学。名古屋大学大学院文学研究科心理学修士修了。九州大学医学部心療内科心理専門職、助手を経て現職。著書に『心身症と箱庭療法』(共編著、中川書店、1994年)、『場所論と癒し』(共著、ナカニシヤ出版、2003年)、『介護予防のための栄養指導・栄養支援ハンドブック』(共著、化学同人、2009年)、『医療コミュニケーション』(共著、日本医療企画、2010年)など。

 
ページトップへ
Copyright © 2004-2012 Keio University Press Inc. All rights reserved.