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巻頭随筆
Medical student abuse   満留 昭久         
 
 

 学校(教育現場)で教員(教師)が学生を不当に待遇することを「ハラスメント」と呼び、今日大きな問題となっている。特に大学には苦情の受け入れや審査、あるいはその予防などハラスメントへの適切な対応が求められている。

 医療専門職を育成する機関では、特に臨床実習教育において、学生への不当な待遇が表面化することが多い。多人数の教室における講義では教員と学生との間に対人関係が問題になることはまずない。これに対し臨床実習では多くの場合、マンツーマンか数人の小グループによる教育が行われている。したがって指導者と学生との間で、両者の人格や性格がぶつかったり、対人関係がかみ合わなかったりすることがある。加えて臨床実習においては、指導者の個人的な臨床経験やかつて自分自身が経験した実習教育のやり方を押し付けたり、学生に対する対応には指導者の個人差に左右されることが少なくない。その結果、臨床実習において学生が不当に待遇されていると感じることが少なくないのである。

 看護教育では教員や実習指導者から、プライドを傷つけるような叱られ方をしたとか、人間性や人格を否定するようなことを言われたとか、他の学生たちの前で激しく叱責されたと訴える学生が出てきており、心療内科や精神科で治療を受けたり、休学や退学する学生が増えつつあるという。

 このような臨床実習教育における問題は、医学部の学生の場合も例外ではない。2007年、日本医学教育学会の専門誌『医学教育』に「医学生が臨床実習中に受ける不当な待遇(Medical student abuse)」という論文が掲載された。医学生が臨床実習中に指導者から受ける不当な待遇(虐待)について国公立大学、私立大学6校の医学部5、6年生の調査が行われている。その結果、何らかの不当な待遇を臨床実習中に経験した学生は68.5%にものぼっている。その内容は言葉による不当な待遇が56%、身体に及ぶ不当な待遇が4%、学習面における不当な待遇が23%、セクシュアル・ハラスメントが28%であったという。

 具体的な学生の体験をいくつかあげると、感情を爆発させて学生を怒る、患者さんや同僚の前で不勉強をなじる、みんなの前で医者になる資格がないと言われる、実習中にからだにさわられる、等々である。この論文によると日本やアジアでは初めての調査であるという。しかしアメリカやカナダでは30年近く前からmedical student abuseとして報告され、不当な待遇を受けた医学生が入学時の学業への情熱を次第に失くし、抑うつ的になっていくことが、虐待を受けた幼児の心の変化に類似していると指摘されている。医学教育の場ではハラスメントよりもアビューズという言葉が用いられたのは、child abuse(小児虐待)との類似性を強調したいためであろうか。「child abuseは本来子どもを乱用するという意味であり、子ども本来の扱い方でない扱いをすることである」(奥山眞紀子『小児内科』34巻、2002年、1330頁より)と考えると、medical student abuseとは学生を本来の扱い方でない扱いをすることと考えることができる。教員は「誰のために教育をしているのか、学生のためにしているのか?」といつも自問する習慣をつけたいものだ。

 
執筆者紹介
満留 昭久(みつどめ・あきひさ)

国際医療福祉大学教授。医学博士。教育と医学の会会長。専門は小児医学。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科学教授、医学部長を経て、2006年より現職。著書『ベッドサイドの小児の診かた(第2版)』(編著、南山堂、2001年)、『小児科学(第3版)』(分担執筆、医学書院、2008年)など。

 
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