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編集後記  第64巻3号 2016年3月
 

▼今年の冬は40年ぶりの寒波にみまわれ各地で大雪が積り、水道管の破裂やスリップ事故、大渋滞が起きた。こうなると大人は大変だ。しかし子どものほうは降りしきる雪もなんのその、喜々として雪だるまを作り、かわるがわる公園の真っ白な新雪に飛び込んで人型や顔型を作っては自分を確認して笑いころげている。会社の昼休みに仲間で雪だるまを作りあげている大人の姿を、ゆっくり走るバスの乗客も口元をゆるませて見つめている。夢中になっていたあの子どもたちはお昼になったらおなかをすかせて帰るだろう。空腹という素晴らしいソースがあれば何を食べてもおいしく楽しいだろう。食事はいくつになっても大きな喜びであり、共に食べることはコミュニケーションを育み、心身が成長するエネルギーとなる。

▼しかし、楽しいはずの食事がうまく摂取できない「摂食障害」が増えてきている。1970年代は、「思春期やせ症」が摂食障害の主な病像とされたが、現在では病像はより多様化し、@過食症の増加、A慢性化や再発する症例の増加、B精神医学的な合併症を持つ症例の増加、C症例の社会的経済的背景の多様化、Dスリムをもてはやす文化の広がりや食生活の商品化などの様々な変化がみられる。栄養失調などの合併症で生命の危険を伴う症例もある。「痩せていることが美しい」という社会的価値観の影響もあって、思春期の過激なダイエットが原因で発症する女性が多いが、児童や中年の女性、男性の発症も増えているという。厚生労働省の2014年の全国調査では摂食障害の患者数は約1万人であるが、医療機関を訪れない潜在的な患者数は多いとみられる。同省研究班による2009〜11年度の調査で、女子中学生では100人に1〜2人というデータもあるそうだ。

▼摂食障害の子どもたちは、あの雪の日、どんな時間を過ごしただろうか。五感を通して身体全体で雪を楽しみ、気持ちの良い空腹感を感じ取ることができただろうか。食べ物や痩せることや体重コントロールのための運動などで頭がいっぱいで、ただ雪を眺めていただけだっただろうか。病前からか、あるいは病気による二次的な傾向なのかは分からないが、自由な感情表現や自己主張が少ない子が多いと言われている。両親をはじめとする家族との関係(両親の不和や両親との接触の乏しさなど)が病気に影響している場合もあると聞く。子どもたちが心から笑えて、気持ちよく食べることができるように、家族も含めた専門的・総合的な治療ができるようになることが喫緊の課題であろう。

▼おりしも、宮城県(東北大学病院心療内科)、静岡県(浜松医科大学附属病院精神科)に続いて2015年12月に福岡県(九州大学病院心療内科)に全国で3番目の「摂食障害治療支援センター」が開設された。学校や家族が専門医とともに力を合わせて本人がきちんと治療を受けられるように支えることで、子どもたちの未来が明るく楽しくなっていくことが望まれる(西日本新聞朝刊2015年12月19日、厚生労働省:みんなのメンタルヘルスなど参考)。

 

(荒木登茂子)
 
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