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立ち読み  
編集後記  第64巻1号 2016年1月
 

▼大人たちが年越しの準備で立ち働いて慌ただしい雰囲気だった大晦日から、除夜の鐘を経て、ひと晩明けると、元旦のふんわりとした雰囲気へとすっかり変わってしまう様子が、子ども心に不思議なような嬉しいような気持ちがしたのを懐かしく思い出します。
 心機一転、心をリセットするチャンスが訪れるのはありがたいことです。大人だけでなく子どもたちも若者たちも、少なからず辛いことや苦しいことを経験して、「もういい加減くたくたになってきた」というところで、みんなでほっこりして、再出発しようという雰囲気が世の中に漂うのがお正月の良さのひとつです。この生活習慣、風習は、長年にわたって日本列島で生活してきた先達たちからのちょっとした贈り物なのかもしれません。

▼1年を振り返ると、重苦しいニュースに心を痛めることが多かったなと思います。世界各地で貧困や圧政に苦しむ人々の様子やテロリズムの恐怖が、リアリティをもって、我々の心に飛び込んできました。また、我が国でも、世界有数の経済的に豊かな国だといいながら、多くの子どもが貧困に苦しんでいる実情や、ブラック企業やブラック・バイトと称される過酷な労働環境に苦しむ人々の多さに、心を痛めることが多かったように思います。いじめや虐待など、子どもが犠牲になる事件も相次いでしまいました。
 「教育と医学」の1年を振り返って見ても、繰り返し類似したテーマと向き合うことの多さに、子どもの心身の健康や教育現場をめぐる問題の根深さを痛切に感じずにはいられない日々でした。また、発達障害への関心と理解が広がるように見える反面、安易なレッテル貼りによって、子どもたちの大いなる可能性を大人たちが閉ざしてしまっているように感じられることもあり、複雑な思いに駆られることも多かったように思います。

▼ふと感じるのは、大人の一生懸命さが、ときに世知辛さとなって、自縄自縛の息苦しさを醸し出しているのかもしれないということです。子どもたちは大人たちの生きる姿をお手本に、自分たちの未来をイメージします。一生懸命に生きることが悪いことであるはずもありませんが、ひとつの標準的な生き方があって、そこから外れると不幸せであるかのような感覚を持って大人が一生懸命に生きているとしたら、子どもたちも敏感にその感覚を察知するのだと思います。他方で、本人が幸福であれば、それぞれにいろんな生き方があっていいんだという、おおらかな考え方も広がりつつあるように思いますし、そうなると子どもたちの未来のイメージも彩り豊かなものになっていくと期待されます。

▼子どもたちは、一人ひとり多種多様な持ち味を持っています。その子の持ち味が幸せな将来につながる社会の到来を願いつつ、決まりきった形に縛られないおおらかな視野を育むことができるよう、新年の穏やかな心機一転の時を過ごしたいと思うこの頃です。

 

(山口裕幸)
 
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