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立ち読み  
編集後記  第63巻5号 2015年5月
 

▼風薫る5月になった。木々の緑は今まさに太陽に向かって両手を広げている。4月に新しい学校や新しい学年へと進学・進級した子どもたちも1カ月が経った。環境の変化のもとで新たな1歩を踏み出すことは期待と不安に満ちたチャレンジである。家族以外の集団への参加、生活や学習環境の大きな変化による小1プロブレムや中1ギャップ、5月病、不登校、心身の不調などが一斉に顕在化し始める時期である。これらの現象は、新しい環境に慣れるための子どもたちの緊張を伴う努力の結果と、十分にはうまくいっていないことを伝えるSOSのサインである。慣れ親しんできた環境に軸足を置きながらのチャレンジは多少のゆとりがあるが、環境の激変が伴うと大きなエネルギーが必要になる。

▼平成24年の小中高公立学校の外国人生徒数は72,000人と増加の一途を辿り、それに対応するための学校や地域の多文化共生の取り組みが盛んになってきている。言語や風習が異なる国で学んでいく子どもたちは大変である。冒頭に述べた変化だけでなく、学校での学びの前提となる衣食住を含めた基本的な生活への適応も求められるからだ。同じ日本の中でさえ、価値観や考え方、世代ごとの意識が異なれば互いのすれ違いが起こり、衝突は避けられない。まして異なる国や文化であれば、適応のための緊張とエネルギーの消耗は想像に難くない。

▼スコットランドに生まれた女性が日本初のウイスキーを夢見る夫とともに幾多の偏見や困難を乗り越えて生きていく物語がテレビで放映された。何十年も前に日本に嫁いだ外国の女性が着物を着て墓参りに寺を訪れた姿はもの珍しく、子ども心に鮮明に覚えているという高齢者の話を聞いた。好奇の目や偏見はどこに行ってもあったであろうが、家族や友人、職場や地域の人との交流を通して芽生えた信頼感が偏見や先入観を打ち破っていくさまが描かれていた。人と人との触れ合いは知識よりもはるかに力強い。体験に根差した感覚を大切にして多様性を受け入れていくことは容易ではないが、教育現場においてその過程を進めるためのサポート体制を整えることで道は開ける。

▼共生の問題は、家庭の中にも、また一人の子どもの中にも認められる。家庭や学校の価値観と、それぞれの子どもたちが感じる欲求や感情が折り合えない状況は常に存在する。「症状や行動としての体の声」は、子どもたちが既成の価値観に違和感を感じて腑に落ちないときに発せられるSOSでもあろう。子どもを取り巻く多様な価値観と子ども自身の様々な思いとの折り合いをつけ違和感を解消していくことは、多文化の共生にもつながる。多文化・多言語そして身体や行動のSOSへの関心は、人としての基本的な相互尊重の姿勢を育む。体験を通して違和感や驚きを感じ取り、相互交流を通して納得できる部分を蓄積していく場を提供し見守ることが大人の役目である。本特集は、共生への関心と成果を伝えてくれる。さらに共生の輪が広がることを期待したい。

 

(荒木登茂子)
 
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