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編集後記  第63巻3号 2015年3月
 

▼「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面(じべた)を速くは走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」これは、個性的な詩人であった金子みすゞの「私と小鳥と鈴と」である。

▼今まで行われてきた日本の学校教育の成果は、基本的な学力をすべての人に身につけさせるという目的からすれば、評価に値するものである。また、教育にかけられた費用からみても、「読み・書き・計算能力」を成果とみれば、効率も良いものであった。しかしながら、中等教育の段階でも外的な規範に従わせて、画一的な教育だけを行っていては、なかなか子どもの個性を育むことはできないであろう。現在の学校教育のテーマは、「みんなちがって、みんないい」とはなっていないように思われる。

▼それでは、個性を育むための教育において鍵となるのは、何であろうか。教育の目的は、本人が望ましい状況になるように導くことである。その方法は、知識・技能を学び、人間性を深めたりするものであるが、外部から一方的に教えてもらうのではなく、自らが学び、成長できるように自己学習ができるようになることが必要である。子どもが自己学習を継続的に行うことは個性を伸ばすには不可欠と思われるが、本人の意思や選択を重視することなしに、自己学習を支援することはむずかしい。

▼心理学者のマズローは、人間の基本的欲求には優先順位があり、低次の欲求である「生理的欲求」「安全の欲求」が充足されると、より高次の欲求である「所属の欲求」「自尊の欲求」「自己実現の欲求」に段階的に移行するとした。子ども自身にも、「自分が望ましい状況」になろうという欲求はあり、それを上手に引き出していくことが必要である。

▼マーケティングの研究者であるコトラーは、「マーケティングとは、価値と製品を創造して、提供し、他者と交換することを通じて、個人やグループが必要とし、欲求するものを満たす社会的、経済的プロセスである」と定義している。考えてみれば、教育も「個人やグループが必要とし、欲求するものを満たす社会的、組織的プロセス」である。

▼子どもが自己学習を行う習慣を身につけるためには、本人が目標を達成するために、自律的に行動する力を付与する社会的、組織的仕組みが必要である。すなわち、支援者は子どもに対して目標の明確化や自主的な判断による方法選択といった「自律性」を促し、自己学習が可能となるための機会、人的、物的資源などの環境を整える「支援」をすることが求められる。支援の姿勢としては、「上手な傾聴と問いかけ」が重要であろう。「みんなちがって、みんないい世界」は、子どもが目標を達成するために、自律的に行動する力を付与する仕組みを構築することによって近づくことができるのかもしれない。

 

(馬場園 明)
 
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