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立ち読み  
編集後記  第59巻10号 2011年10月
 

▼「教育と医学」が700号を迎えました。創刊から、毎月、ひと月も欠かすことなく刊行され続けてきました。掲載する論文やエッセイをご執筆いただいた皆様方のご協力はもちろんのこと、刊行を下支えしてきてくださった編集委員の諸先輩方、そして慶應義塾大学出版会の皆様のご尽力に畏敬の念を深めつつ、心より感謝申し上げます。

▼東日本大震災から半年が過ぎ、復興への取り組みは、これからが正念場になります。とりわけ被災された方々の心のケアと支援については、これからこそが本番とさえいえるかもしれません。巨大な自然災害は、子どもや高齢者など弱い立場の人々に、より大きなダメージをもたらします。家族を失った子どもたちの心中を察するとき、居ても立ってもいられない焦燥感を覚える大人たちは少なくありません。傷つき不安に圧しつぶされそうな子どもたちと、我々はどのように向き合えばよいのでしょうか。

 被災しなかった子どもたちであっても、何かしら漠然とした不安を抱えながら生きている子どもたちが近年多いように感じられます。彼・彼女らは、いったい何に不安を感じているのでしょうか。大人にもぼんやりわかっているような気もするのですが、突き詰めようとすると、いくつもの不安の源泉に思い当たり、戸惑い、子どもたちの本音もつかもうとしても、スルリと両腕から逃げていってしまうようです。

▼筆者の幼年時代から小学生の頃を振り返ると、「上を向いて歩こう」や「いつでも夢を」「こんにちは赤ちゃん」といった歌謡曲が巷に流れ、「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」「鉄人28号」などのテレビマンガに子どもは目を輝かせ、虫取りや川遊び、陣取りなど、日が暮れるのを忘れ屋外で走り回っていたような印象があります。まだまだ貧しい家庭が大多数で、おやつやおもちゃなど高嶺の花でしかありませんでしたが、悲惨すぎる戦争の傷跡から立ち上がり、前進し始めたことの喜びや自信、そして将来への希望が、社会に満ちていたような思いがします。

▼今回の東日本大震災直後に見せた、我々日本人の礼儀正しく我慢強い対応は、長い歴史を経て養われてきた日本人と日本社会の持つ特性の良い面を表しているように思います。他方、長年にわたる社会の発展は、ひずみや副作用とも呼ぶべき問題も露わにしてきています。そして、そうした社会環境に適応するかのように、若者の生活意識も、経済的裕福さを追い求めるものから、幸福で意味のある生き方を指向するものへと変容し、それが主流となりつつあります。

 子どもたちが示している不安は、平和で豊かな社会を実現したつもりの大人たちが、見落としてきたものがあることを示唆しているのではないかと思われます。子どもたちの不安と向き合うことは、「教育と医学」がこれからも継続し続ける取り組みです。まだまだ道は長く険しいものですが、下を向かず、一歩ずつ前進を続けることを大切にしていきたいと思います。

 

 

(山口裕幸)
 
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