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編集後記  第59巻4号 2011年4月
 

▼最近、iPad版を提供する英米の新聞などが多くなって、私もそれらを見る時間が増えましたが、先日ニューヨークタイムズの記事がふと目にとまりました。それは、『サイエンス』電子版に掲載されたパデュー大学の心理学者たちの研究を紹介した、2011年1月20日付け科学欄の「真の学習のためには勉強をやめてテストを受けよ」(To Really Learn, Quit Studying and Take a Test)という奇妙な見出しの記事でした。

▼その研究は大学生を対象とした2つの実験です。第1の実験は80人の学生を対象に、科学に関する内容のテキストをどれだけ理解したかを測るものでした。学生たちを(1)テキストを5分しか読まない、(2)5分読むことを続けて4回行う、(3)テキストを見ながら図などを用いて詳しい概念図を書く、(4)テキストを読んだ後それを見ずに10分間の自由記述式の記憶再生テストを受ける、という4グループに分け、1週間後、各グループに内容についての短答式テストをして成績を比べた結果、成績の順序は(4)(2)(3)(1)で第4グループの成績が最も良く、またそれは第2、第3グループよりも50%以上も良いというものでした。第2の実験は120人の学生を対象に一人ひとりが概念図を書くことと、テストを受けることの両方をやって、結果を比較するものでした。実験時に概念図を書いた場合、学生たちはテストの回答よりも詳細な事実や概念を書いていたが、1週間後の短答式テストの評価では記憶再生テストを受けたほうが、概念図を書いた場合よりもはるかに成績が良いという結果が出た、というものでした。

▼この心理学者たちのねらいは何だったのでしょうか。アメリカでも日本でも教育界では記憶再生式のテストではより深い理解にはつながらず、真の理解のためには概念図を書くことに見られるように、テキストを嚙みくだいて生徒に「考えさせながら」学習させるほうが大事だという考え方が根強く存在しています。この実験を行った研究者たちも「教師たちはテストよりも“ていねいな勉強”のほうを重視する」と指摘していますが、こうした風潮に対してこの実験の結果は、テストによって記憶を再生する方がじっくり考えながら学習するよりも、事実の把握はもちろん概念のより深い理解に導くことを示して、強い疑問を投げかけたのです。そのためニューヨークタイムズが取り上げるだけの関心を呼んだということでしょう。この研究の反響は大きく、生徒の自主性を尊重する進歩主義的教育の立場に立つハーバード大学のある教授は「記憶するよりも子ども自らの推論や発見を重視する我々に対する挑戦だ」として深刻に受け止めるコメントを出しています。

▼たまたま目にしたニューヨークタイムズの記事は「単なる記憶再生型のテストは効果が少ない」という、私も持っていた固定観念の再考を迫るとともに、信念ではなくエビデンスに基づく教育や学習の方法の必要性を再認識させるものでした。

 

 

(望田研吾)
 
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