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編集後記  第59巻3号 2011年3月
 

▼心療内科では内科的な治療と心理的な治療を連携させ心身両面から治療を行います。心理的な治療のひとつに、作業療法があります。作業療法では描画、粘土細工、歌唱などの作業や活動を治療の手段として使いこなし、心も体も同等に重視して治療にあたります。楽しさや自信、意欲や生きがいを体験的に引き出すことが可能で、良好な心身状態を作り出して維持することが大きな目的です。

▼作業療法の一環に植物を育てるプログラムがあります。外国では園芸療法として行われています。植物が育ち花が咲き実がなるという目標に徐々に近づいていくプロセスは、患者の意欲や喜びを引き出します。また目標が達成できれば成就感を味わうことができ、患者の自信につながります。ニューヨーク大学で行われている子どもたちのための園芸療法は、(1)植物に触れて五感を刺激することで感性を磨く(精神のバランスの回復)、(2)植物を通じて知識や生活習慣を会得する、(3)協働作業を通じて仲間を作る(社会性の獲得)という目的を持っています(「園芸療法」2002年7月号を参考)。

▼以前、心療内科病棟で病気を抱えた思春期の子どもたちと一緒に作業療法の一環としてミニトマトの栽培を行いました。土や苗をそろえること、苗を植えて水やりや世話を行うこと、そして週に一回、自分のミニトマトの一番好きなところを絵に描くことを課題にしました。
 そのメンバーの一人だったKさんは、拒食症で入院していました。小さい頃から出来の良い姉弟に対して劣等感を感じ、何をやっても長続きせず、自分はどうせ駄目だと思っていました。Kさんも栽培を始めた当初は毎日水をやり、伸びていく茎や葉を描いていました。しかしそのうちに水やりを忘れ、絵も描かなくなりました。当然ミニトマトはしおれてきました。Kさんのかかわり方が結果として目に見えて現れたのです。枯れかけて見向きもされなくなった自分の苗を見て何を思ったでしょう。
 ある日のこと、Kさんは突然苗の世話を再開しました。数日後、枯れかけていた薄茶色の茎から黄緑色の小さな新しい葉が顔を出しました。その日Kさんは嬉しそうにミニトマトの一番好きな所を絵に描きました。新しく顔を出した黄緑色の葉が絵の中で光っていました。退院のときKさんは、立派に育ったミニトマトを紙に大きく描き、そこに退院に向けて自分なりに頑張りたいとの決意を添えました。Kさんは前よりも少し積極的で意欲的になりました。

▼植物の成長は、育てる人の行動パターンに影響されます。責任を持って命を育てることで植物は生長し、喜びや充実感が味わえます。しかし責任を放棄すれば植物は生長できません。子どもたちは植物の世話を通してこの現実を引き受けていくことを学びます。責任をとり、再生に向けてできる限り努力することや、その努力が報われたときの喜びを味わうことも可能です。このような体験が子どもたちの自信や意欲を育てていくのだと実感します。

 

 

(荒木登茂子)
 
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