本書は、大学での授業における知的生産技法の基本、すなわち「調べ」、「まとめ」、「発表する」という一連の作業のやり方をわかりやすくまとめたものである。この技法を本書では、「アカデミック・スキルズ」と呼んでいる。具体的には、研究テーマの決め方、情報の探し方、情報の整理の仕方、まとめ方、文章の書き方、口頭のプレゼンテーションの方法についての説明をまとめたものである。
大学の勉学で最も大切なことは、高校までのようにひたすら暗記して試験で答えるということではない。むしろ、自ら問題を見つけ、それを整理して、自分なりに考えて答えを導き出す能力を大学では身につけなければならない。たいていの大学生は、このことにあまり慣れていない。自分でテーマと研究方法を考えなければならないとなったとき、たいていの大学生はどこから手をつけ、何をどうして良いか分からず、戸惑いを覚えるだろう。
本書はそうした戸惑いが少しでも解消されるよう、それぞれの段階で問題になることがらについてわかりやすく解説している。ここではとりわけ、大学1 〜 2年生の少人数セミナーや初級セミナーでの調査・研究に照準を合わせている。しかし、その内容は上級学年の学生諸君が、セミナー論文や卒業論文をまとめる際にも十分役に立つ内容となっている。調査や発表の方法や形式に関しては、それぞれの学問分野に独自のものがあるが、基礎的な部分はどの分野でも互いに重なり合う。論文指導の段階でもう一度基礎的なことを見直した方が良さそうだと思った際、まず本書を一読してみると、大きく視界が開けてくることもあるだろう。その意味でこの本は、論文や調査発表の指導を行う大学教師の指南書としても役立てていただきたい。
本書は、3年間にわたる実験授業の成果をもとに作られている。その発端は、慶應義塾大学教養研究センターで行われたリベラル・アーツ教育のモデル構築に関する研究にあった1)。この研究を軸に、同センターにおいて2003年度より実験授業「スタディ・スキルズ」が開設された(2005年度からは「アカデミック・スキルズ」に改称)。この授業は、学生が一定のテーマを設定し、自ら調査し、プレゼンテーションを行い、最終レポートをまとめるという流れで行わる授業であった。本書はその授業内容に基づいており、一部は、そこでのレクチャーの内容をまとめたものも含んでいる。
本書は第1章が総論、第2 〜 3章が主に情報の調べ方、第4 〜 5章が情報の読み方・まとめ方、第6 章が情報発信の仕方という構成になっている。これらの作業は実際には必ずしも単一の方向に進むわけではなく、つねに行きつ戻りつする。したがって、本書はそのときどきの作業に応じてどこから読んでもかまわない。
第1章と第4章は湯川武、第2章は横山千晶が、第3章、第5章、第6章は佐藤望がそれぞれ行った授業の内容を中心にまとめたものである。本書の内容構成に関わる2005年度までの授業の組み立ては、主として近藤明彦が担当した。編集協力者として名を連ねたメンバーは、湯川、佐藤が関わったクラスの共同担当者、および発端となった研究プロジェクトのメンバーである。記述内容においては、随所で授業をともに展開したこれらのメンバーのアイディアが生かされている。最終段階においては、著者、編集協力者が全員で原稿に目を通し、さまざまな修正を加えていった。いわば、本書には、メンバー全員の知見や教授ノウハウが結集されていると言える。なお、1 冊の本としての文体統一や体裁の統一、情報の取捨選択の最終的責任は、佐藤望が負っている。
そして、2003年から2005年に上記の実験授業を履修した学生諸君も、本書の完成に極めて大きな貢献を行った。教師からの一方通行に終わらない自発的な学びの誘発は、決して一定のメソッドやマニュアル通りに進むものではない。ひとりひとりの学生に千差万別の気づきのあり方がある。そうした学生の気づきのきっかけとなった経験や、陥りやすい誤り、よく出される疑問への答えも本書には盛り込まれている。いくつかの実例は、実際に学生が作成したものに多少アレンジを加えたものである。そういう意味で本書は、学生との共同作業の結実でもある。授業に加わった学生諸君ひとりひとりの名前を挙げることはできないが、ここに心からの感謝を表したい。
また最後になったが、慶應義塾大学教養研究センター設置科目「スタディ・スキルズ」、「アカデミック・スキルズ」は、極東証券株式会社の寄附講座として開設されたものであり、同社の協力なくしては本書が世に出ることもなかったことをここに記し深く感謝申し上げたい。そして、実験授業や研究遂行を側面から支援してくださった慶應義塾大学教養研究センター事務スタッフの方々、および同大学日吉メディアセンターのスタッフの方々、本書の出版を実現してくださった慶應義塾大学出版会、編集と出版の実務にあたってくださった小磯勝人氏にも心からの謝意を表したい。
2006年盛夏
佐藤 望
湯川 武
横山 千晶
近藤 明彦
1)湯川武(研究代表)『表象文化に関する融合研究―平成12 〜平成16 年度私立大学学 術研究高度化推進事業「学術フロンティア推進事業」成果報告書』、第2 巻「総合研究」、グ ループ@「リベラル・アーツ教育の総合モデル構築」、横浜:慶應義塾大学教養研究センタ ー・超表象デジタル研究センター、2005 年3 月。