特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

「スュランとは何者か」

 

特別寄稿 渡辺 優 「闇に燃える焔」

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

 スュランの名は、「知る人ぞ知る」というほどには、知られている。『ルーダンの悪魔』や『尼僧ヨアンナ』などとともに彼の名前を記憶している文学通、映画通もいるだろう。しかし、スュランが、西欧近世最大規模の悪魔憑き事件に巻き込まれ、自らが悪魔に憑かれてしまったエクソシストであったことを知る者も、彼が同時代に興隆した「神秘主義」という新たな叡知の優れた証言者であったことを、どれだけ理解しているだろうか。17世紀フランスと言えば、デカルト、パスカルという大思想家が圧倒的な存在感を放っているが、西欧世界が中世から近代へと大きく舵を切るこの大転換期は、「恐るべき言葉の遣い手」(オルテガ・イ・ガセット)たる数多の神秘家たちが躍動した時代でもあった。

 『方法序説』が公刊された1637年は、スュランが以後15年以上にわたって続く絶望の深淵に沈み込んでいった年でもある。おのれの魂が神によって地獄堕ちに定められているという絶望の襲来、絶え間ない自死への誘惑。しかし、ついに死の扉の前から生還したこのイエズス会士は、晩年、故郷ボルドー周辺の農村地帯を中心に司牧と宣教に奔走しつつ、1665年に没するまで、数々の神秘主義文献を精力的に著してゆく。

 

 

 

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

 彼の神秘主義の本領は、体験の「後」に紡ぎ出された言葉の内にこそ認められる。スュランを読む者は皆、悪魔憑き事件に発する彼の体験、すなわち、日常の信仰生活においては垣間見ることさえ許されない神の存在に直接触れることを可能にした「超常の体験」の鮮烈さにまず目を奪われる。だが、波乱に満ちたその生涯の果てに彼が辿り着いたのは、超常の体験の一切を離れ、拭い去ったという意味で「赤裸な」信仰の境地であった。それは、神の栄光から隔てられたところにある「永遠の城外区」だが、スュランはその暗い信仰の夜にあって、魂を焦がす、燃えるような愛を生きたのである。かくして本書が描き出すのは、闇に燃える焔にも喩えるべき、比類なき神秘家の魂の物語である。

 

 

「明晰・判明」であることを真理認識の規準としたデカルトを近世思想の表面とすれば、神秘主義はその裏面(ダーク・サイド)と言えようか。実際、「光の世紀」18世紀の到来とともに、神秘主義は西欧思想史から姿を消してゆくことになる。だが、「語りえぬもの」をそれでもなお語らんとする神秘家たちの言葉の戦いは、現代の先鋭な思想家たちの言語論に照らし出されることによって、忘れられた輝きを取り戻してくるように思われる。旧来の価値の基盤が崩壊していった「ポスト中世」としての近世を生きた神秘家たちの言葉は、「ポスト近代」の思想を求めて格闘する現代思想の言葉と、深いところで響き合うとも考えられるのだ。

 

 

  

 

関連情報:宗教学科・渡辺優講師が 2017年度日本宗教学会賞を受賞(天理大学 WEBサイトより)

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

天理大学のWEBサイトには著者 渡辺 優氏の「著者からのメッセージ」が掲載されています。

ぜひ、併せてご覧ください。

 

日本宗教学会賞は、創立25周年にあたり、初代会長姉崎正治の足跡を記念し、斯学奨励の意味をもって、姉崎記念賞を設定し、1966年からはその姉崎記念賞を継承するものです。
本学では、1988年度に宗教学科 澤井義次教授が受賞して以来の快挙です......■続きはこちら

  

 

関連情報:著者からのメッセージ(天理大学 ニュース・トピックスより)

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

天理大学のWEBサイトには著者 渡辺 優氏の「著者からのメッセージ」が掲載されています。

ぜひ、併せてご覧ください。

 

渡辺 優 講師の著書が出版されました。

宗教学科・渡辺優講師の著書が、慶應義塾大学出版会より刊行されました。タイトルと概要は、以下の通りです。

渡辺 優 (著) 『ジャン=ジョゼフ・スュラン:一七世紀フランス神秘主義の光芒』 慶應義塾大学出版会、2016/10/6 (474ページ)

 

このたび初の単著を上梓いたしました。2007年に博士課程に進学して以来取り組んできた研究の、現時点での集大成です......■続きはこちら

  

 

「スュラン」をより理解するために(関連サイトのご案内)

参考サイト1 「ジャン=ジョゼフ・スュランの肖像」
(ラジオ放送、仏語)
スュラン研究者であるイエズス会士パトリック・グジョンによるコンパクトな解説。サラ・ヴォーンの “Sweet Affection” にスュランの「もうひとつの声」を聞く。
詳細はこちら
参考サイト2 「ミシェル・ド・セルトー、その業績の旅」
(仏英西三カ国語)
パリで開催された没後30周年記念国際シンポジウム(2016年3月10日~3月12日)の特設サイト。スュランを「自らの分身」と呼んで終生の研究対象とし、近世神秘主義研究に決定的なインパクトを与えたセルトーの業績の概要を知るに便利。
詳細はこちら

  

 

『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)▼現前の体験を超え、赤裸な信仰へ
▼これまでの神秘主義理解を刷新する力作!


 本書の主人公イエズス会士ジャン=ジョゼフ・スュラン(Jean-Joseph Surin, 1600-1665)は、祓魔師(エクソシスト)として派遣された〈ルダンの悪魔憑き事件〉において悪魔に憑かれた神父として知られる。彼は、この事件を発端に、15年以上にも及ぶ心身の危機的状況を通じて、その身に数々の超常の体験を被った。
それは、近代以降の神秘主義理解において、まさに神秘主義の究極目的とされてきた〈神の現前〉への直接参与を可能にした、特権的な〈現前の体験〉であった。
しかし、ついにこの魂の暗夜を潜り抜け、絶望の深淵から生還したスュランは、晩年、出生地ボルドー近郊の農村地帯を中心に、宣教と司牧活動に奔走することとなる。
市井のキリスト教信徒たちと過ごすなか、彼がその波乱に満ちた人生の果てに辿り着いたのは、すべてのキリスト教信徒に共通の、すなわち一切の超常の体験を拭い去った、純粋な信仰(foi pure)、赤裸な信仰(foi nue)の境地であった。

 本書では、キリスト教霊性の黄金時代と目される17世紀フランスのなかでも、最大の神秘家として近年注目を集めるスュランのテクストを、「語りえぬもの」をそれでもなお語ろうとした神秘家の言葉として、あるいは「信への呼びかけ」を発する「証言」として、リクールやレヴィナス、セルトーなど、現代思想の知見にも学びつつ、精緻かつ大胆に読み解く。

 また、デカルトやパスカルが輩出した17世紀フランスに「経験の学知」として登場した神秘主義(ラ・ミスティク)の展開を、大航海時代や科学革命がもたらした信と知の地殻変動にも照らし合わせ、転換期西欧に固有の歴史的現象としてダイナミックに捉える。

 同時代における十字架のヨハネの影響や、世紀末のキエティスム論争をめぐっても、新たな宗教史的発見が説得的に提示される。

 中世と近代のはざまの時代を駆け抜けたスュランという神秘家の、劇的な魂の道程をたどりなおすことで、従来の神秘主義理解を刷新し、宗教哲学・思想研究の水準を一段押し上げる野心的論考。

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書籍詳細

分野 西洋哲学(近世)・宗教哲学
初版年月日 2016/10/15
本体価格 7,500円(+税)
判型等 A5判/上製/474頁
ISBN 978-4-7664-2368-6
書籍詳細 目次や詳細はこちら

  

 

著者 渡辺 優(わたなべ ゆう)

著者 渡辺 優(わたなべ ゆう)

天理大学図書館前にて

1981年静岡県生まれ。天理大学人間学部宗教学科講師。東京大学文学部卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。2011-2013年、フランス政府給費留学生としてパリ・イエズス会神学部(Centre Sevres)、社会科学高等研究院(EHESS)に留学。2014年4月より現職。専門は宗教学、とくに近世西欧神秘主義研究、現代神学・教学研究。訳書に、『キリスト教の歴史 ―― 現代をよりよく理解するために』(共訳、藤原書店、2010年)、論文に「もうひとつのエクスタシー ―― 「神秘主義」再考のために」(『ロザリウム・ミュスティクム:女性神秘思想研究』第1号、2013年)、「教祖の身体 ―― 中山みき考」(『共生学』第10号、2015年)など。

  

 

関連書籍のご紹介『井筒俊彦全集』

特別寄稿「スュランとは何者か」 『ジャン=ジョゼフ・スュラン ―― 一七世紀フランス神秘主義の光芒』(渡辺 優 著)

 30を超える言語を自在に逍遥した井筒俊彦は、その天才的な言語能力を縦横無尽に駆使して、ギリシア哲学、イスラーム哲学、中世ユダヤ哲学、インド哲学、老荘思想、仏教、禅までをも含めた人類の叡知を時空を超えた有機的統一体として読み解き、東洋哲学と西洋哲学の「対話」を目指しました。
 本全集は、その井筒哲学の全体像を明かし、思索の原点から構築への道程を辿るものです。井筒俊彦の言語哲学思想は、21世紀に生きるわれわれにとって重要な視座であり、広く共有されることを願うものです。

 

 第1巻 アラビア哲学 一九三五年 ― 一九四八年
 第2巻 神秘哲学 一九四九年 ― 一九五一年
 第3巻 ロシア的人間 一九五一年 ― 一九五三年
 第4巻 イスラーム思想史 一九五四年 ― 一九七五年
 第5巻 存在顕現の形而上学 一九七八年 ― 一九八〇年
 第6巻 意識と本質 一九八〇年 ― 一九八一年
 第7巻 イスラーム文化 一九八一年 ― 一九八三年
 第8巻 意味の深みへ 一九八三年 ― 一九八五年
 第9巻 コスモスとアンチコスモス 一九八五年 ― 一九八九年(講演音声CD付き)
 第10巻 意識の形而上学 一九八七年 ― 一九九三年
 第11巻 意味の構造 一九九二年 
 第12巻 アラビア語入門
 別巻 井筒俊彦全集 別巻(講演音声CD付き)