『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』(ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)

『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』

(ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)

 

 

日本語版への推薦文

『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』(ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)

ピーター・ポマランツェフの『プーチンのユートピア』(Nothing is True and Everything is Possible)は、21世紀の最も重要な書物のうちの一冊である。現代ロシアにおけるテレビを用いたプロパガンダの本質と効力について、研究者にも広汎な読者にも理解を促すという点では、比肩すべき書が見当たらない。それだけでなく、本書は、種類によってはそうしたプロパガンダがロシアの内外を問わず効果を発揮する理由についてのすばらしい発想を伴った省察であるし、それを裏打ちしているのは個人的な豊富な体験と表現は控えめながらも深い学識の両方から得た情報である。ポマランツェフ自身が本書で予言していたように、彼が本書で記した状況は今やロシアの国境の外にまであふれ出している。その意味からも、本書は近い過去に対してだけでなく近い将来に対する道しるべでもあるのだ。

 

ティモシー・スナイダー

 

 

[追記]
ティモシー・スナイダー教授は自著『暴政』(On Tyranny, 原著・翻訳とも2017年)の「9 自分の言葉を大切にしよう」のなかで「何を読めばよいのか?」への答えとして、最新のものとして本書を挙げている(訳書においては59頁を参照)。


  

 

訳者あとがき(一部抜粋)

 本書『プーチンのユートピア』は、Peter Pomerantsev, Nothing Is True and Everything Is Possible: The Surreal Heart of the New Russiaの全訳である。
 2014年刊行の原著はベストセラーになり一ダース以上の言語に翻訳されたし、2016年度英国王立文学協会オンダーチェ賞も受賞している。訳者のつけた邦題であるが、「第1幕」から「第3幕」まである『プーチンのユートピア』を、たくさんの方が訪れてくださることを願っている。

 

 この「ユートピア」の住人には、愛すべき人物が多い。試みに、まず「第1幕」から少しだけ紹介してみよう。富豪の愛人になろうとする「ゴールドディッガー」と呼ばれる女たち(オリオナなど)のためには専門学校がある。ソ連崩壊後の社会に秩序をもたらしたのがなんとギャングであったことを証している、映画監督に転身した元ギャング(ヴィタリ)。ロシアを「教化」しようとアイルランドからやってきて苦闘する国際開発コンサルタント(ベネディクト)。コーカサスからやってきた売春婦(ジナーラ)は妹が自爆テロ組織「黒い未亡人」から離れて同じ職業についたことを喜んでいる。当時はアメリカ人記者の下働きをしていた著者ピーター・ポマランツェフは、その組織が起こした「劇場占拠事件」の大惨事をも現場で取材していた。もっとも、「第1幕」には、プーチンの懐刀、ウラジスラフ・スルコフの面妖というか複雑なパーソナリティーも顔を出すのだが。


 本書は全編を通じて、裏面も含めてロシア社会を知るための豊富なエピソードを提供してくれるが、同時にロシア人のメンタリティの由るところも知ることができる。旧ソ連時代からずっと、あまりにも役割を使い分けるのを強いられる社会で育ってきたので、何がほんもので何が皮相な建前かが区別がつかなくなり、何ものをも信じなくなってしまうのだ――そこにソヴィエトの崩壊という激震まで加わった。極端なナショナリズムや神秘主義に走りやすいのもそのためであろうか。「第3幕」は、ニナリッチのCMから幕が上がる。そして、ピーターは、2人のスーパーモデル(上のCMに出てくるルスラナ、そして友人だったアナスタシア)の自殺の謎を追うなかで、ロシアのセクトの存在とそれを後押しするクレムリン支配下のテレビの姿を浮かび上がらせている。2人が関わったセクトの手法自体はアメリカからの借り物である。そう言えば、オウム真理教も早くからロシアに進出していた。


 そしてまた、ロシアの社会は、何もかもがコネと金(賄賂)で決まってしまう社会である。「第2幕」に出てくる、悪名高い「企業乗っ取り」(被害者としてヤーナ)や、「新兵いじめ」の実態にはため息がこぼれよう。そして、ロシアでは法のもとたまさか正義が実現されても、権力闘争を利用するマキャベリズムの賜であるという悲しい現実がある。国の支配階級は、「官僚=実業家=マフィア」とハイフンでつながっている者たちなのだ。


 本書では政治や体制のメタファーとしての建築様式に言及されることが多い。21世紀に入ってからだが、オイルのおかげでマネーが流れ込み、途方もない富を誇るオリガルヒはロンドンをはじめオフショア地域に着々と富を移している様が「第3幕」で活写されている。ボリス・ベロゾフスキーとロマン・アブラモヴィッチのよく知られたロンドンでの裁判なども、ピーターは西側のジャーナリストとして取材していた。そして、本書の舞台というより主人公にも擬せられるモスクワという都市も、夜間に上空から眺めると煌々たる輝きを発するまでに変貌するが、クレムリンとの距離の近さが己の地位と権力を物語るため、都心の地価の高騰は加速するばかりである。「第2幕」に登場する「古きモスクワ」を保存しようとする活動家(モジャーエフ)も地上げの前には無力である。


 ここで、ピーターの生い立ちをざっと見ておこう。イゴールとリヤナ・ポマランツェフ夫妻のあいだに1977年に旧ソ連のキエフに生まれたが、イゴールの反体制派的活動のために(また、ユダヤ系には1971年以降出国ヴィザの取得が容易になっていたと記憶しているが)、翌年には一家で西独に亡命し、その後イギリスに落ち着いた。ピーターは、ロンドンのウエストミンスター校とミュンヘンのEUゆかりの「ヨーロピアンスクール」で中等教育を受けた後、エジンバラ大学で英文学とドイツ語を修めている。2001年にロシアに飛んでからは、本書にも出てくるとおりで、たいした地位ではないが、シンクタンクに勤めたりEUのためのコンサルタントを務めたりしている。その後2006年から2010年まで、モスクワのテレビ局TNTや制作会社のポチョムキン・プロダクションで働いた。そこでの経験が、ロシアとその新しい体制、そこに住む人々を観察し分析するのに大いに与っているのは言うまでもない。なにせ、クレムリンは旧ソ連時代と異なり、テレビを民衆の「サーカス」にしようと決めていたのだ。「グロテスクなパフォーマンス・アートを見たければ、テレビをつけさえすればよい場所で、いったいパフォーマンス・アーティストにどんな役がありうるだろう?」とは、世界的なパフォーマーであるヴラディーク・マムシェフ-モンローがロシアを離れた理由としてピーターが記しているところである(本書261頁)。2011年に帰英後は主としてジャーナリズムの世界で活躍しているが、「プロパガンダ」研究のオーソリティと目されている。やりとりしている彼のメールアドレスのドメインはフェローを務めるLSEのそれである。

 

 「新たな権威主義」体制をつくりあげたプーチンのロシア連邦大統領選挙(3月18日)での勝利は予定調和であろう。ただし、「民主的なレトリックと非民主的な意図」(本書86頁)の現行ロシア体制のこと――2008年「タンデム体制」の前例もある。6年後に彼は権力の座から退くであろうか。

 余計な解説を必要としない、けれどそこかしこに深い洞察を挟みながら「21世紀のロシア」を歯に衣着せずに描いた読み物として、読者諸賢に楽しんでいただければ幸いである。

To Jan’s Guardian

池田年穂


  

 

21世紀のロシアでは、独裁さえもリアリティー・ショーである――。

『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』(ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)

ロシア系イギリス人のTVプロデューサー、ピーター・ポマランツェフ。
急成長を遂げるロシアのテレビ業界に潜入した彼は、図らずもロシアのあらゆる腐敗と遭遇する。映画監督に転身したギャング、ロシア史上最高の政治工学者、自爆テロ組織「黒い未亡人」を離れる売春婦、自殺したスーパーモデルとセクト、ロンドンに逃れ栄華を極めるオリガルヒ(新興財閥)――。
モスクワ劇場占拠事件や、ベロゾフスキーとアブラモヴィッチの裁判に立ち合い、ロシア・メディアの内側に蠢くプロパガンディストのやり口を知るポマランツェフは、プーチン独裁の先鋭化とともに、自身もまたその体制内部に引き込まれていることに気づく。

カネと権力に塗れたシュールな世界で、新たな独裁体制を築くプーチン。
クレムリンに支配されたメディアの内側から、 21世紀のロシア社会とプロパガンダの実態を描く話題作。

ロシア版『一九八四年』。

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『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』 (ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)

判型 四六判/並製/324頁
初版年月日 2018/04/25
ISBN 978-4-7664-2512-3 (4-7664-2512-X)
本体 2,800円

  

著者 ピーター・ポマランツェフ (Peter Pomerantsev)

1977年ソ連のキエフでユダヤ人の家庭に生まれる。イギリスのTVプロデューサー、ジャーナリスト。Financial Times, Atlantic Monthly などの紙誌に精力的に寄稿している。ロシアをはじめとする「プロパガンダ」についてのオーソリティと目されている。1978年に、反体制派の作家であった父親イゴールの亡命に伴い、西独に出国。1980年にイギリスに渡る。エジンバラ大学を卒業後、2001年からロシアに滞在。とりわけ、2006年から10年までは、テレビ局TNTでリアリティー・ショーの制作に携わった。帰英後の2011年から Newsweek Atlantic Monthly に寄稿を始めた。1ダース以上の言語に訳された本書で、2016年度英国王立文学協会オンダーチェ賞を受賞している。


  

訳者 池田年穂 (いけだ としほ)

1950年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。ティモシー・スナイダー『暴政』、タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』(共に2017年)など訳書多数。


  

 

書店フェアのご案内

フェア

『プーチンのユートピア――21世紀ロシアとプロパガンダ』(ピーター・ポマランツェフ 著、池田 年穂 訳)を中心とした書店フェアを展開します。

フェアタイトルは「プーチンのディストピア」。
フィクションと現実の境界を曖昧にし、公共の認識を変えるメディア支配を行い、自由と民主主義を装う新たな権威主義体制を築くプーチン。
彼の帝国(=ディストピア)は、一体どこまで拡大を続けるのか?
カネと権力に塗れたシュールな世界の歩き方を、真剣に考えます。

<開催中の店舗>

●青山ブックセンター六本木店

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●ジュンク堂書店池袋本店5階(社会科学書フロア)

 

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