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 「自由と民主主義の国」としてのアメリカ。軍事大国としてのアメリカ。アメリカ合衆国のもつこうした二つの側面が、いかなる関係にあるのか。本書はこうした主題をあつかっている。


 本書には、二つの論文が収録されている。一つは、アメリカにおける銃規制問題の歴史的背景について論じたもの。もう一つは、多民族国家アメリカにおいて、どのようなナショナリズムが形成され、アメリカの戦争を支えてきたかを検証したものである。


 じつはこの二つの論文は、十年以上前に執筆したものである。筆者はこれまで日本の近現代にかんする著作を発表してきたが、出発点はアメリカ研究であった。前述のように「自由と民主主義の国」であり、軍事大国であり、また多民族国家でもあるアメリカは、日本とは異なる独自の歴史的文脈をもつ国である。筆者は日本にかんする研究を始める以前に、こうしたアメリカの歴史を研究していたのである。


 こうした古い論文を今になって出版したのには、いくつかの事情がある。出版社からの勧めがあったことや、筆者自身が過去の論文をまとめておきたくなったといったこともある。しかしもう一つの動機となったのは、近年のアメリカおよび日本の動向だった。


 筆者が今回収録した論文を書いたときは、湾岸戦争の直後であり、「自由と民主主義」を掲げて戦争を行なう軍事大国としてのアメリカを理解したいという動機があった。ところがそれから十年あまり経った現在、アメリカはふたたび中東で戦争を行なった。そして銃規制問題も、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』などによって新たに注目を浴びつつある。こうした同時代の状況を前にして、日本の人びとがアメリカを理解する必要を感じたとき、筆者が過去に書いた論文も一助になるのではないかと考えたのである。


 今回の収録のため上記の二つの論文を読み直したところ、自分としては、現在でも通用する内容であると判断できた。逆にいえば、現在では通用しないと判断した論文は収録しなかったため小著となったが、内容のうえでは読者にも満足いただけるものとなったと思う。日本にとっての「最大の他者」の一つでもあるアメリカという国を理解するために、ご一読いただければ幸いである。

 

 

 
著者プロフィール:小熊 英二 (おぐま・えいじ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。
1987年東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。
著書:『単一民族神話の起源』(新曜社、1995年)、『<日本人>の境界』(新曜社、1998年)、『インド日記』(新曜社、2000年)、『<民主>と<愛国>』(新曜社、2002年)、『清水幾太郎』(御茶の水書房、2003年)、『ナショナリティの脱構築』(共著、柏書房、1996年)、『知のモラル』(共著、東京大学出版会、1996年)、『世紀転換期の国際秩序と国民文化の形成』(共著、柏書房、1999年)、『異文化理解の倫理にむけて』(共著、名古屋大学出版会、2000年)、『言語帝国主義とは何か』(共著、藤原書店、2000年)、『近代日本の他者像と自画像』(共著、柏書房、2001年)、『ネイションの軌跡』(共著、新世社、2001年)、A Genealogy of ‘Japanese’ Self-images(Trans Pacific Press, Melbourne, 2002)、『<癒し>のナショナリズム』(共著、慶應義塾大学出版会、2003年)。
 

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