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書籍の特集

「革命」のドミノは回避できるのか

「変わりゆく旧ソ連地域  石油パイプラインは民主化ドミノを倒すのか」

「旧ソ連地域と紛争」著者 廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)

 

 

 

 

 

 ソ連が1991年12月に解体し、旧ソ連諸国が独立してから早14年が経とうとしている。その後、旧ソ連諸国は独自の道を歩き始めたわけだが、それが多くの諸国にとって少なからず苦難の道であったことは、本書によっても若干は示唆できたと思う。つまり、各地でナショナリズムが高まる中、国境と民族の矛盾の問題が表面化し、多くの紛争による犠牲者が出る一方、各新興独立国はインフレや失業を含む移行期経済の混乱や民族紛争、そして未成熟な政治体制によって、人々は不安定な厳しい生活を強いられた。そのため、ある一定程度の年齢の庶民の中には、不自由ながらも、手厚い社会保障がなされ、とりあえずは安定した日々の生活が保障されていたソ連にノスタルジーを感じる者も多い。実際、旧ソ連全体には人々の思考のみならず、多くの「ソ連時代のくびき」が残存している。


 しかし、旧ソ連地域は近年2つの要素で世界の注目を浴びている。


 第1は、グルジアの「バラの革命」、ウクライナの「オレンジ革命」、クルグズスタン(キルギス)の「チューリップ革命」という、民衆による民主化行動、一連のいわゆる「有色革命」である。それらが2003年11月のグルジアの「革命」を皮切りに連鎖したため、旧ソ連地域では「民主化ドミノ」の可能性がささやかれるようになった。


 他方、それら「革命」に米国政府や欧米のNGOが関与していたということで、ウズベキスタン、カザフスタン、ロシアなどでは、NGOへの締め付けが強くなっており、「民主化ドミノ」の波及が恐れられている。実際、本年(2005年)5月には、ウズベキスタンのアンディジャンで起きた暴動が武力弾圧され、500人以上の死者と多数の負傷者と難民を出す事件も起きている。また、権威主義を強化している国も多く、旧ソ連の政治変動は単純には予測できない。


 第2に注目されているのは、カスピ海の資源開発とそれを世界市場に輸出するためのパイプラインの建設である。南コーカサスは、その戦略的意義の高さと石油・ガスのため、歴史的に外国による数多の攻撃や侵略を受けてきたが、現在も多くの紛争とテロにより、不安定な状況が続いている。ソ連崩壊後は、カスピ海の石油・ガスが重要かつ戦略的資源だと考えられるようになり、多くの外国政府・企業、国際組織がこの地に入ってきて、影響力を行使しようとし始めた。しかし、当地のエネルギー問題は複雑な地政学状況とも絡んで混迷を極め、とりわけ、主要な輸出パイプライン(MEP)のルート選定の議論は長期にわたり紛糾したが、結局、政治の論理が勝利し、アゼルバイジャン、グルジア、トルコを通過するバクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプラインにルートが決められた。様々な障害のため、その建設もまた難航を極めたが、本年(2005年)5月にBTCは開通し、年末までには最初の石油が終点のジェイハンに到達すると予測されている。


 BTCが開通することで、当地の政治、経済、社会が発展すること、ロシアの影響力が抑えられて諸国の自立性が高まること、エネルギー源の多様化が期待されている。しかし、その影響については、功罪ともにあり、慎重な検討が必要だ。


 まず、想定されるBTCの好影響としては、・投資増加、経済の透明化、国民のキャパシティ増強、雇用創出などによる経済発展、・法制度・人権状況の改善、・諸外国やNGOに影響を受けた国内外双方からの民主化、・インフラ、社会保障、産業構造、環境問題の改善による国民の生活レベルの向上と社会の活性化、・ロシアの影響力排除と国際関係の進展、・地域協力の拡大・深化と紛争解決への刺激、などがある。


 他方、懸念される影響は下記の通りである。・環境悪化と住民への健康被害、・安定志向の故の権威主義体制の温存、・軍事力拡大と紛争拡大の懸念、・インフレ、貧富の差の拡大、オランダ病など経済への悪影響、・失業、不十分な保障など近隣住民への影響。


 このように、BTCの影響については、功罪双方が予測され、本当の影響が見えてくるのは、パイプラインの完全稼動が予測されている2008年以降となろう。それまでに、状況が手遅れとならないよう、また、地域の平和構築が進展するようにポジティブな方向に進むよう、国際社会が地域の独自性を維持しつつも、発展を見守り、時に介入していく必要があるといえるだろう。


 このように、2つのポイントがとりわけ注目されているが、それに加えて、ソ連全体で世代交代が進んでいることもまた重視されるべきだろう。新世代のリーダーの多くは欧米の教育、志向、スタンダードを備え、欧米世界への接近を目指している。つまり、現在の旧ソ連地域には様々な志向、価値が拮抗しており、各国がそれぞれの進むべき方向を模索しているといえる。外部世界はひたすらに「欧米スタンダード」を旧ソ連地域に押し付けようとしているが、それが万能であるとは筆者は思わない。各国それぞれに理想的な道があるはずであり、それは各国の指導者と民衆が手探りで追求していくしかないだろう。ただし、そのような道を模索する権利が民衆に開かれておらず、人権が侵害され、政治が完全に独裁的に行われている場合には、外部が常に注視し、内政干渉にならない程度に助言等をしていくことが必要だろう。


 現在、旧ソ連地域は過渡期にある。各国の国家建設もまだ途上であるし、国際関係も拡大を示すと同時に再編が行われている。特に、旧ソ連諸国の多くがロシア離れの傾向を見せ、かつ戦略的な連帯を模索している中で、独立国家共同体(CIS)内の関係もまた再編されていくと思われる。これからも同地では目まぐるしい変動があるだろう。


 本書では、アゼルバイジャンを中心に、ソ連解体後の旧ソ連の世界を、石油、紛争、テロをキーワードに描いた。変動が激しい旧ソ連の現状を理解するための一助となることを願ってやまない。

 

 

 

 
著者プロフィール:廣瀬 陽子(ひろせ ようこ)

京外国語大学大学院地域文化研究科専任講師。慶應義塾大学総合政策学部卒業(1995年)後、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(1997年)
ならびに同博士課程単位取得退学(2001年)。その間、国際連合大学秋野フェローとしてアゼルバイジャンに留学(2000-2001年)。日本学術振興会特別研究員【PD】(2001-2002年)、慶應義塾大学総合政策学部 専任講師(2002-2005年)を経て、2005年より現職。
専門は国際政治、コーカサス地域研究、紛争研究、等。

 

 

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