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遠藤周作  立ち読み

『ミュージアム・パワー』 

I ミュージアムは生き残れるか

「 二十一世紀のミュージアムの理念」より抜粋

 

 

マーク・ジョーンズ(ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館長)
 

「二十一世紀
のミュージアムの理念」
より抜粋
     マーク・ジョーンズ

 

 

「今世紀のはじまりは、確かにミュージアムにとっての黄金期になるだろう」とラウル・A・バレネーシェは著作New Museumsのなかで主張しています。彼はこの黄金期の始まりを一九九七年としていますが、この年は、フランク・ゲーリーのビルバオ・グッゲンハイムとリチャード・マイヤーのゲッティ・ミュージアムが完成した年です。バレネーシェはその一九九七年からの七年間に新設された、二十七の主要なミュージアムを取り上げて、考察しています。そこに含まれてはいませんが、私は、メルボルンのヴィクトリア・ナショナル・ギャラリーの二つの建物や、マリオ・ボッタとジャン・ヌヴェル、そしてレム・コールハースの三人の設計によるソウルのリウム[三星]美術館なども取り上げるに値すると思います。

 ここ最近の注目すべきミュージアム新設の潮流は、ヨーロッパ、日本、アメリカのような伝統的にミュージアムが多い地域に限ったものではありません。二〇〇五年六月には、重慶に大規模な中国三峡博物館が開館しました。これは中国における新しいミュージアム建築の流れの一つと言ってよいと思います。このような傾向は、一九九六年の上海博物館の開館に始まります。信じられないようなことですが、二〇一〇年までに北京で三十五、上海で七十五、中国全体では、千ものミュージアムが誕生する予定です。日本でも二〇〇五年秋に、九州国立博物館が開館しています。また、韓国国立博物館は、大英博物館やヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の面積の二倍、十三万四千uを有し、世界で八番目に大きなミュージアムとなりました。安藤忠雄によるフォートワースの近代美術館から、ヘルツォークとデ・ムーロンによるサンフランシスコのデ・ヤング・ミュージアム、あるいはレンゾ・ピアノによるアトランタのハイ・ミュージアムの拡張など、多くの新しいミユージアムの建築が、アメリカの中規模都市で急速に進んでいます。カナダも例外でありません。ダニェル・リベスカインドのロイヤル・オンタリオ・ミュージアムの建物は完成間近です。ヨーロッパでは、マドリードでプラド美術館やレイナ・ソフィア、そしてティッセン・ボルネミスサの新館建設が進み、パリでは二〇〇六年に、ケ・ブランリー美術館という二万二千uを有する建築と文化遺産が共存するミュージアムができるのです。それと同時に、ルーヴル美術館はランスに、ポンピドゥー・センターはメッスに新美術館を建設します。ところで、こうした建設とは莫大な費用を必要とするものです。たとえば、ニューヨーク近代美術館[MOMA]の総経費は八億五千万ドルです。

 これらはどのように資金調達されるのでしょうか。少なくともアメリカでは従来、ミュージアムの建設は個人の寄付でまかなわれていました。ただ実際のところ、公と私のパートナーシップが原則ですし、その割合は様々です。デンバー美術館の新館を設計したダニエル・リベスカインドの担当部分は、すべて公的資金によって成り立っています。ワシントンのナショナル・ポートレート・ギャラリーが六〇%、サンフランシスコのアジア美術館が四〇%、ニューヨークのMOMAが二〇%、それぞれ公的資金によって賄われています。マドリード、メルボルン、そしてソウルでは、政府がすべての経費を負担、パリではフランス政府が、ルーヴル美術館内に三千五百uを有する新規イスラム部門の建設コストの五〇%を負担しています。

 ではなぜこのようなことがおこるのでしょうか。香港やシンガポールの政府、いま述べた都市や政府は、「創造性」が自分たちの経済の未来の中心を担うと信じているからです。彼らにとってミュージアムは、創造性を豊かにしてくれるインフラとして必要不可欠な存在なのです。シンガポールは新しいミュージアム建設のために、新しくカジノを建設して、そこからの収入を割り当てる目論見があります。香港は三十万ポンドの資金繰りを、西九龍文化地区の主要なディヴェロッパーから調達し、その地区に建設予定の四館のミュージアムと新しいホール・劇場に充てようとしています。韓国大統領は、新規の国立博物館を「未来へのゲートウェイ」と呼び――実際には過去へのゲートウェイではありますが――、建設を創造性への投資として位置づけています。

 これがミュージアム新設の現状です。今例示したのはほんの一部で、現実にはもっと多くの例があります。ミュージアムは現在、かつての大聖堂や宮殿にかわって、展示演出のための建物という役割を継承しています。というのは大聖堂や宮殿と同じく、ミュージアムには非常に価値のある希少な品々が収蔵されており、それらの品々を収蔵したミュージアムが、その国家や地域社会の権力と尊厳を内外に誇示できるのです。またミュージアムは、コンテンポラリー・アートの市場においても、多大な恩恵を被る存在です。なぜなら、高額の購入を行う個人コレクターは、自分が所有するコレクションの重要性を保証し、それを広めてくれるような一流のミュージアムを求めているからです。もしこのような風潮が、二十一世紀のチューリップ・マニア [十七世紀の前半、オランダで「チューリップ・バブル」が起こる。オスマン・トルコから輸入された球根が投機の対象となり、変種づくりが流行し、珍しい品種の価格は高騰した。しかし、その後は価格が下落] であるなら、多くのミュージアムの将来は短命で、寒々としたものとなるでしょう。
(『ミュージアム・パワー』3頁〜6頁)



 
著者プロフィール:著者プロフィールマーク・ジョーンズ(Mark Jones)

ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館長(イギリス)。 2001年5月、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館長に就任。国立スコットランド博物館長在職中には、新たなテクノロジーを利用して博物館、ギャラリー、アーカイブなどの所蔵品へのアクセスを提供し、それら資料を用いたインターネット用教材を作り上げるSCRAN(スコットランド文化資源アクセスネットワーク)の創出にも積極的に関わった。 オックスフォード大学ウースター・カレッジで哲学、政治学、経済学を修め、コートールド美術研究所で修士号を取得。1969年のシンガポール国立博物館における半年間の勤務を含め、大英博物館コイン・メダル部長補佐(1974年から1990年)および同部長(1990年から1992年)などを歴任。現在、ルイ14世の(彫像)メダルに関する書物の執筆中で、専攻の学問分野に対して意欲的に取り組んでいる。エジンバラ大学名誉教授、エジンバラ学士院会員、ロイヤル・ホロウェイ・カレッジ(ロンドン大学)名誉文学博士。

 

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