Browse
立ち読み
巻頭随筆

共生社会の理解が深まっていくには   村田豊久

 

 人は皆働くことが必要である。働いて生活の糧を得る。そして社会が成り立つ。これは当然のことである。だから働ける人がどのくらいいて、働けない人がどのくらいいるのかに関心が向く。なかんずく、アメリカの雇用統計の指標には世界中の人々が注目する。毎月初めに発表される米雇用統計指数は瞬時に世界中を駆け巡り、各国の為替レートや株式相場にすぐさま反映される。日本ではその指数が期待したものでなかったとみなされ、これに関連した様々な要因も加わって、とうとうマイナス金利が導入された。

 働く人の数の統計が国の基本的政策と直結するのだから、就労を促す施策が大切とされる。雇用率が上がり、消費が増え、物価が上がり、景気が良くなるという好循環が生まれてはじめて皆が幸福になる、という理屈である。しかし、ここでは人が働くことの生きがいや働くことの意味は取り立てては考えない。経済を良くするためにただ働けばよいのだ。

 しかし、障害をもつ人の就労支援の活動は、これとはかなり理念を異にしていると思う。障害をもつ人がいだく“働くことの喜び”に共感し、障害をもつ人が働ける職場や社会環境を作り上げようとするのは、障害をもつ人も、もたない人も、一緒に同じ職場で、同じ仕事に従事することの大切さが認識されてきたからである。双方がお互いを理解し、尊敬し合う機会となり、そのような職場ではじめて働くことの喜び、働くことの意味が、本当に理解できるようになると考えられたからである。

 障害をもつ人の働きは、生産性や効率性ということでは、障害のない人に及ばないであろう。ましてやGDPの向上にはさして貢献しないかもしれない。しかし、その尺度では測れないもっと大切なことが潜んでいる。不器用で少しとろいが、気を抜かず、常に一生懸命に根気よく働く人、いつもニコニコしてこつこつと仕事をする人、不平をこぼすこともなく単調な仕事にも自分なりにリズムを作ってやっている人、そのような人々と一緒に仕事をして自分のそれまでのもろもろの考えを修正した人は多い。なぜなら、障害者就労支援の仕事に携わって、いろいろな工夫を試み、長年にわたって努力してこられた方々は、自分たちが育て、職場に送り込んだ障害をもつ人が共生社会の実現に寄与してくれると信じたからである。

 改正障害者就労雇用促進法では差別禁止指針が策定され、就労時間・賃金・労働環境など数々の用件で差別がないようにと命じられた。当然である。しかし共生社会の理念にそった仕事場は、法律では定めがたいところがある。障害をもつ人が本当に安心し、楽しく働ける職場とは、賃金や労働条件がよいということよりも、皆が同じように接してくれるところである。勤務規定が法にそってきちんと守られている職場でも、忘年会や花見、それに自由参加の職場の慰安旅行などには誘ってもらえないところが多い。障害をもつ人がこの職場で働けて本当によかったと思うのは、花見や忘年会にも行け、そして二次会にも一緒に行ってカラオケなどに興じ合えるところである。そのような職場では、障害のない人も、障害をもつ人も、一緒に働けてよかったと心から思っている。そして働くことのいい意味を実感できたと述べる。共生社会の理解やその普及には、花見に行こう、忘年会に出ようよ、と誘う障害のない人の声を職場でもっと拾い上げ、広く伝えていくことが必要である。


 
執筆者紹介
村田豊久(むらた・とよひさ)

村田子ども心理教育相談室主宰。児童精神科医師。「教育と医学の会」理事。九州大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。福岡大学医学部助教授、九州大学教育学部教授、西南学院大学教授、村田子どもメンタルクリニック院長などを歴任。著書に『子ども臨床へのまなざし』(日本評論社、2009年)、『子どものこころの不思議』(慶應義塾大学出版会、2009年)、『子どものこころを見つめて』(共著、遠見書房、2011年)、『新訂 自閉症』(日本評論社、2016年)など。

 
ページトップへ
Copyright © 2004-2014 Keio University Press Inc. All rights reserved.