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巻頭随筆

子どもにとって規則正しい生活とは     黒木俊秀

 

 夏休み明けは、子どもたちの寝起きが悪くなり、目が覚めてもぐずぐずしていることがある。登校することをぐずりはじめる子もいる。立ちくらみやめまい、頭痛、倦怠感などの訴えも朝に多くみられる。実は、これらの症状は、夏休みの間に睡眠―覚醒のリズムが普段とずれてしまっていて、急には調節できないために生じたものであることが多い。医学的には、睡眠相後退症候群という。試みに、子どもが前日(夏休み最後の日)の朝は何時に起床したかを確認すると良い。その時間に16か、17時間を足すと、前日の入眠時刻を推測できる。夏休みの間にいつも遅い時間に起床していたのであれば、当然ながら眠りにつく時刻は遅くなるし、始業式の朝はまだ体は眠ったままの状態に違いない。無理して起きれば頭痛がし、歩けばふらついてしまうのは道理である。多くは、新学期の始まりとともに順応してゆくが、不登校のきっかけになる子どももいる。

 こうした睡眠―覚醒リズムの調節障害を予防するためには、夏休みの間も規則正しい生活を心がけることが重要である。それゆえ、夏休みが始まる前に子どもたちの日課表を作ることが推奨されている。これは、現在の学校制度のもとでは正しいことである。しかしながら、歴史書をひも解くと、子どもたちが日課表通りの規則正しい生活を送ることが是とされるようになったのは、それほど昔のことではないらしい(織田一朗『日本人はいつから〈せっかち〉になったか』PHP新書、1997年)。明治時代の初め頃、政府が「学制」を発布し、「時間割」が組まれるようになって以来、子どもたちは「定時法」による時間の感覚を身につけていったのである。すなわち、時計が刻む時間に合わせた規則正しい生活を始めたのである。

 こうした教育の結果、日本人の意識は次第に時間を有効に消費することに向かい始めた。無駄なく、際限なく、時間を消費することが美徳とされるようになり、特に第二次大戦後の経済の高度成長期に、この傾向は著しく加速された。その挙げ句に、現代の24時間化した社会が出現したわけである。今日、都市部では終夜灯りが途絶えることはない。終日営業のコンビニエンス・ストアは24時間働く現代人の生活を支援している。インターネットの普及は、夜昼に規制されない膨大な情報の流通を可能にした。しかし、これらはたかだか140年余りの間に起きた生活環境の変化である。ヒトの体の深部は、そう短期間には激変した環境に適応できないだろう。特に子どもたちには、その弊害が顕著に現れる。様々な睡眠障害が、もとをたどれば子どもたちへの規則正しい生活の教育が発端とすれば、なんという皮肉であろうか。

 明治以前の日本人は、日の出と日の入りを基準とした「不定時法」の時間のなかで生活していた。長い間、私たちの祖先は朝日とともに起きだし、夕暮れとともに寝る生活を送っていたのである。反面、時計が刻む時間にはルーズであった。しかし本来、それが、自然の摂理にのっとった正しい生活というものであろう。現代の子どもたちにも、時計に合わせるのではなく、自然のリズムに合わせた規則正しい生活を送らせるようにしたい。早起きを促すのである。まずは寝室のカーテンを開けよう。燦々と輝く太陽の光を浴びよう。


 
執筆者紹介
黒木俊秀(くろき・としひで)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医師。九州大学医学部卒業。佐賀医科大学講師、九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野准教授、国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長・医師養成研修センター長などを経て現職。著書に『語り・物語・精神療法』(共編著、日本評論社、2004年)、『現代うつ病の臨床』(共編著、創元社、2009年)、『神田橋條治医学部講義』(共編、創元社、2013年)、『精神医学の羅針盤』(共著、篠原出版新社、2014年)など。

 
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