Browse
立ち読み
巻頭随筆

今の子どもたちといじめの対応     増田健太郎

 

 いじめは、古くて新しい問題である。学校でのいじめは学校制度が始まってから、ずっと存在していた問題であろう。社会的に認知されたのは1986年に東京都中野区の中学校で起ったいわゆる「葬式ごっこ」で中学校2年生の男子生徒が自死したことが契機となっている。その時から文部省(当時)は「いじめの実態等に関する調査結果について」を発表しており、いじめの実態調査を毎年行っている。調査は継続されているが、1996年に愛知県西尾市で起ったいじめ自死事件など、社会的問題となった後は増加するが、社会的報道がされなくなると減少傾向になる。その繰り返しである。

 しかし、いじめが減少したわけではない。社会の技術的進歩とともに、いじめも巧みに進歩し続けている。いわゆる携帯やソーシャルネットやインターネットによるいじめである。大人の目にはわからないところで、子どもたちのいじめは深刻化している。現代のいじめの問題の難しさは、誰でもいじめの対象にいつなるかわからないという「ロシアンルーレット型」いじめであり、自死だけではなく、青少年の殺人事件にまで発展している点である。技術の進歩が、人間関係の希薄化・衝動性を促進しているようにも思える。人間の心を進歩させるものはないものだろうか。

 子どものいじめの問題は日本だけの問題ではない。欧米でも深刻化している。ノルウェーのベルゲン大学の心理学者ダン・オルベェウスは1980年代にいじめ測定ツールといじめ防止プログラムを開発し、国際的な注目を集めるとともに、いじめ防止プログラムは効果をあげることができた。学校全体を対象とし、アンケート調査・心理学者・カウンセラーなど外部者も加えた全校会議を開くこと、教室では「クラスのルール作り」などを徹底的に行うこと、いじめが起こった場合は、被害者・加害者とその保護者と徹底して話し合うことである。

 これは、現代日本でも日常的に行われている。しかし、日本ではいじめは減少していない。どこにその理由があるのだろうか。政府、教師や親は、徹底してその理由を考えることが必要であろう。「いじめ防止対策推進法」が成立したが、予算をつけ、人材を派遣し、本気で取り組まなければ、1990年代に各学校で作られたが形骸化した「いじめ防止対策委員会」と同じ結果にしかならないであろう。

 科学的技術は進歩し続けているのに、人間関係は進歩しないのであろうか。大人の社会でも、企業や大学でのパワーハラスメント、セクシャルハラスメント、アカデミックハラスメントなどが、社会問題化されている。

 根本は子ども社会のいじめと同じである。「自分にされたいやなことは、人にはしない」「自分がされて嬉しかったことは、人には積極的にする」その二つのことを一人ひとりが意識するだけで、子どものいじめも大人のパワハラも無くなるのではないかと考える。


 
執筆者紹介
増田健太郎(ますだ・けんたろう)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。臨床心理士。教育学博士。専門は臨床心理学、教育経営学。九州大学大学院博士課程単位取得満期退学。小学校教諭、九州共立大学助教授を経て現職。著作に『信頼を創造する公立学校の挑戦』(共編著、ぎょうせい、2007年)、「変容するいじめ行動とその予防(全2回)」(『教育と医学』2013年3〜4月号)、「特集・スクールカウンセリングを知る」(編著、『臨床心理学』13巻5号、2013年)など。

 
ページトップへ
Copyright © 2004-2013 Keio University Press Inc. All rights reserved.