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巻頭随筆

悲しいことば     満留昭久

 

 「虐待の世代間連鎖」、これは小児科医にとってはとても悲しいことばとして響きます。

 虐待をおこす要因については、@社会的な要因、A家族・家庭の要因、B加害者としての保護者側の要因、C虐待を受ける子ども側の要因など多くのものが指摘されています。

 加害者自身が幼少時に虐待を受けていたということも、古くから加害者側の要因の一つにあげられてきました。虐待を受けた子どもが、大人になって自分の子どもに対して親から受けたのと同じような虐待をしてしまう。このように世代を超えて虐待が伝達されていくことを「虐待の世代間連鎖」(あるいは世代間伝達)と呼んでいます。

 どうして虐待の世代間連鎖がおこるのか、その発生メカニズムについての研究はこれまで決定的なものはあまりありませんでした。これまでの研究からいくつか拾い出してみますと、子育ての学習の一面として考えてみる、虐待により受けたこころの傷による無意識下の反復行動として考えてみる、愛着形成の連鎖などの可能性を挙げることができます。

 医学、生物学的な立場からは、たとえば母親の育児態度や母子関係などの子どもへのインプリンティング(刷り込み現象)なども発生メカニズムとしての可能性があるかもしれません。

 小林登東京大学名誉教授は、個人的な見解だとことわりながら、「人間は子どもを虐待する遺伝子を持っている、言い換えると生まれながらにして『子どもを虐待する心のプログラム』を持っているのではないか」と述べています。彼は、このプログラムは人間にもともと遺伝的に組み込まれている「攻撃の心のプログラム」を中心として、他の心のプログラムと組み合わさってできているのではないか、と考えているようです(『子どもの虹情報研修センター・紀要』bP、2003年、1−9頁)。

 世代間連鎖の要因がこのように複雑であっても、多くの研究者は虐待の世代間連鎖を断つことは不可能ではないと考えています。単に精神医療や心理療法ではなく、社会全体で取り組んでいくことで、必ずこの連鎖を断つことができると信じているのです。

 小林登名誉教授も「虐待の心のプログラム」として育たないように、「『優しい社会』をつくり子どもたちの育児・保育・教育の質を上げ、子育て支援を充実させることが、虐待の連鎖を断つことにつながる」と述べています。つまり、遺伝的にプログラムされていても、環境を整備することによりその発現を阻止できる、とわれわれに教えているのです。

 虐待を受けた子どもたちも、そのトラウマから受ける影響、傷ついた心から抜け出す能力、回復力(レジリエンス)を持っているといわれています。私たちは虐待に対するレジリエンスを育てていく社会環境をつくることはできるはずです。虐待を受けた子ども、そして虐待した親を温かくケアする社会をみんなでつくっていくことで、「虐待の世代間連鎖」を“死語”にしたいものです。

 2014年9月14日から4日間、名古屋国際会議場で第20回ISPCAN(子ども虐待防止世界会議)が開催されます。この会議のサブテーマの1つとして、「世代間連鎖を断つ子どもと家族のケア」が予定されています(日本子ども虐待防止学会 参照)。


 
執筆者紹介
満留昭久(みつどめ・あきひさ)

福岡大学名誉教授。国際医療福祉大学大学院教授。福岡国際医療福祉学院学院長。医学博士。専門は小児科・小児神経学。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科教授、同大学病院副病院長、同大学医学部長、国際医療福祉大学副学長などを経て現職。著書に新小児医学大系』(分担執筆、中山書店、1985年)、『ベッドサイドの小児の診かた(第2版)』(編著、南山堂、2001年)、『小児神経学の進歩第30集』(共著、診断と治療社、2001年)、『こころをつなぐ小児医療』(慶應義塾大学出版会、2013年)など。

 
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