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巻頭随筆

スウェーデンのある学校の試み     望田研吾

 

 私は、比較教育学を専門として長くイギリスの教育改革等について研究に携わってきました。最近では、イギリスの保守・自民連立政権が2010年から始めたフリー・スクール政策について調査を進めています。このフリー・スクールとは、親や教師、民間団体、大学などが学校をつくり、政府の認可が下りれば公費が補助されるというアメリカのチャーター・スクールと同じような学校です。このフリー・スクール政策は連立政権の教育政策の目玉とされていますが、フリー・スクール推進のためにイギリス政府が引き合いに出したのがフリー・スクール政策では先行していたスウェーデンであり、イギリスのフリー・スクールのモデルとなったのもスウェーデンのフリー・スクールだったのです。

 そのため、私は2012年11月、スウェーデンのフリー・スクールを実際に見るために同国を訪れました。スウェーデンでは1992年からバウチャー制度が実施され、政府機関が承認すれば民間がつくった学校に対して公立学校と全く同等に公費が支出されることになりフリー・スクールが生まれたのです。イギリスとは違って、スウェーデンでは民間企業がフリー・スクールをつくることが認められており、民間企業がフリー・スクールの主なプロバイダーとなって発展しています。今回私が訪ねた学校の中に、そうした民間企業の一つであるKunskapsskolan(英語ではKnowledge Schoolすなわち知識学校)が運営する学校がありました。Kunskapsskolanは1999年に設立され、現在、16歳から19歳までの生徒を対象に28校を運営しており、生徒数は全部で10,000人に上っています。

 Kunskapsskolan学校の最大の特色は、学習における生徒の自己決定とそれに基づく個人化された学習の徹底ということです。生徒は、学年始めに教師や親と相談して年間の学習目標を設定し、それに従って学期と週ごとの学習プランをチューターの教師と一緒にたてるようになっています。個人化された学習の徹底のためにこの学校は、従来とは大きく異なる教育方法をとっています。学校を訪れて驚いたのは教室と廊下がないことです。この学校の学習の中心を占める「ワークショップ」は建物の真ん中にある10いくつのテーブルを配置した少し大きめのレストランのようなスペースで行われています。それを見て私はマクドナルドショップを思い出しました。一つの丸テーブルには教師と5、6人の生徒がいてディスカッションをしているかとおもえば、そのすぐ隣のソファでは女子生徒が足を投げ出して一人でイヤホンで音楽を聴きながら本を読んでいました。これも指定本を読むという学習の一環ということでした。生徒たちに話を聞くと、毎朝学校に来て教師と相談して一日のスケジュールを決めるということで、一人ひとり、内容も時間も違ったものでした。

 KunskapsskolanのCEOは、このように生徒に日々、自分で決定させることは、激しく変動し新たな挑戦が突き付けられる21世紀の世界で生きていくために欠かすことのできないものだと、強調していました。こうしたKunskapsskolanの教育に他の国も関心を持ち、Kunskapsskolan学校は既にイギリス、ニューヨーク市、インドのデリーに開校されており、中国、韓国、マレーシアからもアプローチを受けているということでした。

 わが国の教育の最大の目標でもある「生きる力」を育むために「これからの学校」はどうあるべきか、このスウェーデンの学校は興味深い示唆を与えてくれるような気がします。

 

 
執筆者紹介
望田研吾(もちだ・けんご)

中村学園大学教育学部教授、九州大学名誉教授。教育と医学の会会長。教育学博士。専門は比較教育学。前アジア比較教育学会会長。九州大学大学院人間環境学研究院教授などを経て現職。著書に『現代イギリスの中等教育改革の研究』(九州大学出版会、1996年)、『21世紀の教育改革と教育交流』(編著、東信堂、2010年)など。

 
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