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巻頭随筆
「早寝、早起き」   満留 昭久           
 
 

  「人の体内時計は二十五時間です。それを二十四時間にリセットしているのが朝の光です。これをしないと慢性的な時差ボケ状態になります。だから早起きが必要です。(略)人の脳には時計があります。こころと身体と脳の元気なとても大事な時計です。この時計はすぐ遅れてしまいます。夜更かしするとますます遅れる時計です。この遅れを、朝の光が直します」
 文部科学省は平成十八年四月、民間の個人や団体を含む幅広い関係者の参加を得て、「『早寝早起き朝ごはん』全国協議会」を設立しました。先の文章は協議会が展開している国民運動のポスターに書かれたものから抜粋したものです。
 またこれより先に日本小児保健協会は、平成十三年に「子どもの睡眠に関する提言」を行い、子どもたちとその保護者、小児保健関係者に、子どもたちが健康的な睡眠をとり、規則正しい生活をするよう呼びかけていました。このように官民が一緒になって「早寝、早起き」を奨励するには、以下のような背景があると考えられます。

 三十年ほど前から睡眠のリズムがくずれ、日常の生活のリズムが不規則になると、子どもたちに身体の不調や情緒の不安定、さらには不登校などの問題行動を起こしやすくなることが指摘されるようになりました。
 一方、日本の社会は急速に夜型化しており、それに伴って幼い子どもたちの生活リズムもまた激変してきています。日本小児保健協会の幼児健康調査では、二十二時をすぎてから就寝する幼児は一九八〇年では一五・〇%であったのが、二〇〇〇年には四三・七%と、実に三倍近く増えてきたと報告しています。その後もこの傾向はますます強くなっているのです。そして今日、日本の子どもたちは世界で一番夜更かしをする子どもたちである、といわれるようになりました。その背景には、大人たちが子どもの夜更かしに全く無頓着になっていることがあげられます。
 なぜ睡眠の乱れが子どもたちの心身に影響を与えるのかというメカニズムも、ヒトの生活リズム、体内時計の研究の進歩に伴い、分かりつつあります。私たちの体には時計遺伝子により調律される時計(体内時計)があります。実は地球の自転に伴う二十四時間周期の環境の変化と私たちの体内時計には少しずれがあり、このずれを朝の光で毎日修正しているといわれています。このずれが修正できないと生活リズムがくずれ、私たちの心身の不調がもたらされると考える人が多いのです。
 だから、早く起きて朝の光を体いっぱいに浴びなさい、と「早寝早起き朝ごはん」全国協議会は子どもたちに呼びかけているのだと思われます。
 佐々木正美氏(精神科医師。子どもの臨床の第一人者=編集部)は、子どもたちには今を楽しめるようにしてやらなくてはいけない、と主張しておられます。今日も楽しいはずだから早起きができるのだとおっしゃっています。“昼間の世界が楽しければ、子どもは早く起きる”という考え方は、私には説得力がありました。
 子どもの睡眠が大切にされ、楽しく夢の多い社会を作ることが、今の大人たちにとって急務であろうと考えています。

 
執筆者紹介
満留 昭久(みつどめ・あきひさ)

国際医療福祉大学・大学院教授。医学博士。専門は小児医学。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科学教授、医学部長を経て、2006年4月より現職。著書『ベッドサイドの小児の診かた(第2版)』(編著、南山堂、2001年)、『小児神経学の進歩30集』(共著、診断と治療社、2001年)など。

 
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