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巻頭随筆
興味が学習意欲のもと  大村 彰道           
 
 

 「なにかに興味が湧く」、「興味を示す」という時の「興味」とは、感情の一種と考えることができる。認識に関する感情、知識についての感情の一種であろう。他にも、困惑、混乱、驚き、なども「知識感情」と名づけることができよう。
 「感情の評価理論」では、さまざまな感情経験に関係する評価次元を仮定し、各次元についての主観的評価の組み合わせで、喚起される感情が決まると考えている。この感情評価理論の立場では、興味を規定する次元として、「新奇性」、「複雑性」、「対処可能性」を仮定している(注)。
 「新奇性」とは、ある事象がどの程度新しいか、どのくらい知られていないか、予想されていないか、などを評価する次元である。「複雑性」とは、ある事象がどの程度ややこしいか、反対にどのくらい単純か、などを評価する次元である。「対処可能性」とは、ある事象がどの程度扱いやすいか、処理しやすいか、理解しやすいか、まねしやすいか、などを評価する次元である。これら三次元の主観的評価の組み合わせにより、その事象に興味が湧くか、どの程度興味が湧くかが、決定される。人によって主観的評価が異なるので、同じ事象に対しても人により興味が湧くかどうかが違ってくることになる。
 新奇性が極端に高かったり低かったりする事象、すなわち、全然わからないとか、まったく知らないとか、ごく当然だといった事象に対しては、興味が湧きにくいことになる。また、非常に複雑だったり、逆に単純すぎる事象にも興味は湧きにくいであろう。対処可能性に関しては、とても理解できそうにない、やれっこないとか、反対に、そんなことはもうできる、といった事象に対しては興味が生じにくいであろう。以上の三次元を統合して、「あまり知らないけれど、新しそうだけれど、ある程度複雑だけど、理解できそうだ、やれそうだ」、という評価の組み合わせができた時に、興味という感情が湧き、続いて、やってみよう、学んでみよう、という学習意欲が喚起されることになる。
 やってみて、学んでみて、だんだんできるようになっている、だんだんわかるようになってきたという「進歩感」、「向上感」が実感できると、はじめに感じていた学習意欲が持続されることになり、さらに新奇で、より複雑で、理解できそうな内容へと学習意欲が継続されることになる。進歩感、向上感が味わえなければ、意欲も興味も萎えてしまうことになるのである。
 結論として、教師など指導する役割の者がすべきことは、学習内容を学習者にとって興味のあるものにし、学習者の意欲を持続させることである。それには、学習内容を徐々に複雑にし、しかも理解可能性を高めることにより、学習者の興味を喚起する工夫をすることである。さらに、学習者に向上感、進歩感を味わわせることにより学習意欲を持続させることであろう。
 以上、言語的知識(言語で表現される知識)の学習を念頭に置いて、興味や意欲を論じてきたが、同様の説明を、運動の技能の学習、美的・芸術的センスの学習などにも適用できることを付言しておきたい。

[注]Paul J. Silvia, Exploring the Psychology of Interest, New York: Oxford University Press, 2006.

 
執筆者紹介
大村 彰道(おおむら・あきみち)

東京大学名誉教授。専門は教育心理学、認知心理学。スタンフォード大学教育学部博士課程修了。Ph.D. 九州大学教育学部講師、東京工業大学工学部助教授、東京大学教育学研究科教授、慶應義塾大学文学部教授を経て現職。著書に『教育心理学I』(編著、東京大学出版会、1996年)、『文章理解の心理学』(監修、北大路書房、2001年)など。

 
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