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巻頭随筆
不登校の常態化  針塚 進           
 
 

  近頃は、新聞等で不登校に関する記事を目にすることが少なくなりました。文部科学省では平成19年度の調査結果を、19年11月に発表しました。しかしそれによれば、全国の小中学校で約12万7000人もの不登校の児童生徒がいるということです(平成18年度間の長期欠席者のうち、「不登校」を理由とする者)。不登校が少なくなったからではなく、小中学校には不登校の子どもがいることが常態化したからだと思われます。常態化したからといって、小中学校では何もしないでいるわけではありません。担任教員はじめ臨床心理士等によるスクールカウンセラー、心の相談員など専門家やボランティアの活躍、そして適応指導教室などの学級とは異なる居場所づくりの工夫もされており、一定の効果をあげています。しかし、子どもたちは次々に入学し、進級してくると不登校となる子どもが新たに出てきている状況です。
 この不登校の常態化には、次のような利点と問題点があるように思われます。利点の一つは、子どもの不登校問題を通してスクールカウンセラーのような教師以外の専門家などが学校に入り、学校が開かれてきました。そして、子どものことについて担任教師だけに任せるのではなく、教師や保護者を支援する体制もできてきました。また保護者には、我が子だけが特別問題のある子だと悲観したり、罪障感を抱いて感情的になり混乱してしまう状況から、必ずしも特別なことでなく、どの子どもにも起こりうることであるので冷静に対処していくことが必要なのだ、という認識の変化が出てきました。それに伴い、子どもを強制してでも登校させようとする保護者や教師が減少してきました。しかし、こういった変化が子どもの立場や心の理解ということにしっかりと結びついたのかは、議論の余地があるように思われます。
 実際の学校教育の現場では、教師やスクールカウンセラー、あるいは学生ボランティアなどが、不登校の子どもの家庭に訪問して保護者や子どもを支援する活動も特別ではなくなってきています。それはある意味で、訪問する側もされる側も、子どもの不登校が特別なことではないということに慣れてしまい、なぜこの子は不登校をするのだろうか、不登校の状態から変化できないのだろうか、という子どもの立場や心の理解という、最も基本的な課題への問いが薄れたのではないかという危惧を感じることがあります。
 今、学校に子どもの居場所がないといって、家ではテレビを観たり、ゲームをしたり、本を読んだりしているという状況があります。しかし、不登校がほとんどなかった50年前は学校に居場所があったのだろうか。少なくとも学校から帰るとテレビもゲーム機もないし、親から手伝いを求められるから外で遊んだりして必ずしも家に居場所があるわけではなかった。だから学校に居場所を求めた、とも考えられます。
 不登校の常態化は、なぜ不登校になるのかといった根本的な問いに応え得るような子どもの心の理解への関心より、不登校の対応の在り方に腐心しているようにも思われます。

 
執筆者紹介
針塚 進(はりづか・すすむ)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。教育学博士。専門は、臨床心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。山形大学教育学部助教授、九州大学教育学部助教授などを経て現職。著書に『講座 臨床心理学4巻・異常心理学II』(共著、東京大学出版会、2002年)、『障害動作法』(共著、学苑社、2002年)、『臨床心理学研究の技法』(共著、福村出版、2000年)、『軽度発達障害児のためのグループセラピー』(監修、ナカニシヤ出版、2006年)など。

 
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