Browse
立ち読み  
巻頭随筆  第55巻11号 2007年11月
笑いの癒し効果  安藤延男         
 
   「笑い」は、人間に見られる生得的な情動表出のひとつであり、生理的覚醒水準の低下や緊張解消などに伴って起きることが多い。また、社交的笑いもあれば、「思わず笑みがもれる」といったものもある。他方、快適な状況やくすぐり、滑稽なしぐさなどへの反応として、笑いが誘発されることもある。
 一方、笑いの「効能」も、いろいろあるが、ストレスや緊張の軽減、あるいは「リラクセーション」などのような、広い意味での「癒し効果」が好例だろう。
 ところで、この「癒し効果」についての特異な体験報告として、カリフォルニア大学大脳研究所教授のノーマン・カズンズ(1915〜1990)のものがある。彼は、膠原病という難病の宣告をうける。そして、医師から大量の鎮痛剤(アスピリン)が処方された。しかし彼は、病気の見立てや薬の種類や分量の多さに納得がいかず、自ら主治医(20年来の友人でもあるヒッチッグ主治医)に対して、ビタミンCによる免疫療法を提案する。そして、主治医のケアの下で、それを実行に移したのである。
 その間の事情や経緯は、その著『笑いと治癒力』(松田銑訳、2001年、岩波現代文庫)に報告されている。特に、アメリカの病院が医療サービス提供者の都合を優先し、多くの場合、患者は自分の病気に受動的に関わっている場合が少なくないことを批判し、治療計画はもちろん、治療過程にも主体的にコミットすることをよしとし、主治医との協議を通じて、自分の内分泌系の完全な機能回復こそが膠原病による関節痛の根治にとって絶対不可欠の要件であると結論した。そして、免疫療法を実行に移し、「死の淵から生還した」のである。なかでも興味深いのは、彼が「笑い」の「鎮痛効果」を中心とするユニークな闘病体験を詳しく報告している点である。彼はいう、「十分間腹をかかえて笑うと、少なくとも二時間は痛みを感ぜずに眠れる」と(同書17頁)。
 さて、浮世の苦悩は、独り肉体だけとは限らない。「生老病死」の「緊張」や「苦悩」が、われわれを取り巻いているからだ。
 ところで、笑いとの関連で、次のような江戸時代の戯れ歌を一つ紹介しておこう。

「借金も 病いも たんとあるものを 物もたぬ身と 誰か言ふらむ」(作者不詳)  ちなみに、歌中の「たんと」には、「どっさり」とか「たんまり」とか、つまり多さをほこるニュアンスがある。出典は忘れてしまったが、歌のほうは完全に憶えているので、いつでも口をついて出てくる。特に「ものは考えようだ」とか、「ユーモアの効用」などが話題になったりすると、自然とこの歌が念頭に浮かぶ。とにかく、期せずして心が和み、ほくそ笑んでしまうのだ。これもまた、ユーモアや笑いが癒しをもたらす好例ではなかろうか。
 
執筆者紹介
安藤延男(あんどう・のぶお)

西南女学院大学学長。九州大学名誉教授。専門は教育心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。九州大学教授、福岡県立大学学長、学校法人福原学園理事長などを経て現職に至る。著書に『コミュニティ心理学への道』(編著、新曜社、1979年)、『これからのメンタルへルス』(編著、ナカニシヤ出版、1998年)、『人間教育の現場から』(梓書院、2005年)など。

 
ページトップへ
Copyright © 2004-2005 Keio University Press Inc. All rights reserved.