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巻頭随筆  第54巻12号 2006年12月
丁寧に対応してくれる相手          針塚 進
 
 青年期・成人期の生涯発達の目標は、自分のアイデンティティを形成し、親密感をもてるような対人関係におけるパートナーをもつことだと言われています。つまり、将来を展望できるような自分自身を実感しつつ、個人的にも、仕事の上でも、重要なパートナーと関係をもった生活をすることだといえます。しかし、このような発達課題の達成は、なかなか難しいことであり、現在の青年期の若者や成人となった人たちにおいても大きな課題となっています。
 発達障害をもつある成人の方が、「年々生きるのが辛くなってきます。もう疲れました。どうしたらいいのでしょう?」と訴えました。学生時代までは何か楽しいこともあったが、卒業後は人間関係がうまくいかないので仕事が続かない、どこでも評価されない、自分などはこの世にいても意味がない、だからもう生きていくのが辛い、ということでしょう。
 特に知的障害のない発達障害をもつ人たちは、自分が大切にされているか、必要な人間とされているか、というような側面での他者からの評価を敏感に感じ取り、自尊感情をもっています。それだけに、自分を受け入れてくれる人、自分を肯定的に評価してくれる人には、卑屈になっているのでは……と思うくらいに気遣いをしています。仕事場などでは、自尊心を傷つけられるようなことがあっても、なるべくトラブルが起きないように必死で自分の気持ちを抑えています。また、契約が切れるなどして仕事を失えば、自分で仕事をして収入を得て生活していかなければと真剣に考えていて、仕事を探しています。しかし、一度仕事を失うと、次の仕事を見つけることが難しくなります。そのため、真剣に仕事を見つけて一人前の大人として親から認められたいという気持ちがありながらも、現実にはなかなかそうならないという焦り、諦め、絶望などの自己否定的な気持ちに支配されてしまいます。
 このように発達障害をもつ人においても、青年期から成人期に向かっての生涯発達の課題は、障害をもたない人たちで考えられてきた課題と変わるところがありません。そして、社会の中で一人の大人として生活していくことに真摯に向き合い、悩んでいます。現代の青年期から成人期に至る若者の社会生活においてニートということが問題になっていますが、彼らはその状態に安住しています。ところが、「学校に行っていない」「仕事に行っていない」「職業訓練を受けていない」というニートの条件を形式的に満たしている発達障害の青年や成人がいますが、彼らはその状態について焦り、どうしていいのか分からず、苦悩しています。自分が肯定的に評価される状況や受け入れてくれる場面をいつも求めており、自分が大人として意味がないことを恐れています。自分のことを悩み考える力をもっていて、様々な気遣いまでできるのに、どうして簡単な現実的なことが分からないのか、と思うような青年や成人の発達障害をもつ人が、「生きていくには自分はどうしたらいいのか?」という問いを発したとき、彼らが求めているのはその問いに対する回答ではなく、丁寧に対応してくれる相手ではないでしょうか。
 
執筆者紹介
針塚 進(はりづか・すすむ)
九州大学大学院人間環境学研究院教授、同大学院人間環境学研究院附属総合臨床心理センター長。教育学博士。専門は、臨床心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。著書に『健康・治療動作法』(共著、学苑社、2003年)、『臨床心理学の新しいかたち』(共著、誠信書房、2004年)、『軽度発達障害児のためのグループセラピー』(監修、ナカニシヤ出版、2006年)など。
 
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