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立ち読み  
編集後記  第58巻4号 2010年4月
 

▼「自分の気持ちを伝えるのが苦手」という苦手意識は、いろいろなことが原因で起こる。今回の特集は、どちらかというと、自分の気持ちを人に伝えることに関わる側面に焦点がある。だが、それに加えて私が特に大切だと思うのは、自分の気持ちや考えを自分自身で感じ取り言葉に置き換えていく能力だ。これは、当たり前のことのようでいて、意外と難しいことだ。そして実際、そこに問題があるがために苦手意識を持つ人が意外と多いのではないだろうか。

▼私が「自分の気持ち(考え)を伝えられない」ことに当惑している人にもっともよく遭遇するのが、大学の授業での学生とのやりとりの場面である。大学で講義をするとき努めて学生の目や表情を見ながら話すようにしている。そして学生たちが、私の話についてきているか、疑問を抱いていないか、目を輝かせているかなどを確認するために、適当な時を見計らって学生に質問を促したり、こちらから質問をしたりする。すると、学生たちはサッと下を向く。私はめげずに、そこで学生になおも発言させようとする。こういう時は概して、学生は何か疑問に感じたり何かしっくり理解できないといった表情をしたりしている。だが「何か質問ない?」「さっきの○○○、分かった。どう思う?」と言うと、学生は何か言いたそうにしているが、グッと詰まったもどかしそうな表情をしている。おそらく、何をどう言っていいのか、うまく心の中で整理できず、どういう順序にどう表現したりしてよいのかに窮しているのだろう。

▼こういう時に私がするのは、まず何でもよいから言葉にして表現させるということだ。それらの言葉を手がかりにして、彼らが持つ“何か引っかかっている感じ”や不全感を解きほぐしていけることが多いからだ。彼らの言いたいことの核心に触れていそうな言葉や表現を拾い上げ、「それって、どういう意味かな?」「どんな感じかな?」「その言葉(表現)をもう少し膨らまして言ってみてくれる」といったやりとり(対話)を繰り返す。本人の言いたいと思われることを、簡潔な言葉で言い換えてやる。さらに、本人の思うことをひと通り話させた後に、それに構造を作ってやる。そしてそれを本人に返し、それが本人の言いたいことにフィットしているかどうかを、その都度確認させる。こうしたやりとりを何度も繰り返す中で、その学生の言いたいことが徐々に形をなして見えてくる。と同時に、学生自身も自分の言いたいことが自分の中ですっきりとしてくることに喜びを感じる。(こうした思考を自分ひとりで行う能力を、「自己対話力」と呼ぶ)。

▼大学の授業の中でなかなか発言できない学生の中には、こうした「自分の気持ちを自分でうまく感じ取り表現できない」学生が多く含まれている。コミュニケーション能力が育つようにどのように支援していくかという時、このような自己対話力をいかに育てていったらよいかという問題にも取り組んでいく必要があるだろう。

 

(加藤和生)
 
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