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編集後記  第58巻2号 2010年2月
 

▼2009年12月に香港で開催された、授業研究の国際学会であるThe World Association of Lesson Studiesの研究大会(WALS2009)に参加しました。まだできたばかりの学会で、WALS2009はこの学会の第3回目の研究大会でした。この学会が発足した背景には、日本で行われてきた授業研究が、近年海外で評価されるようになり、様々な国で授業研究に取り組むようになっていることがあります。
 今回実際に大会に参加し、様々な国の多くの人々が、授業研究に強い関心を持っていることがわかりました。なかでも、日本の授業研究への関心はとくに強いものがありました。
 私たちは、奈良女子大学附属小学校のカリキュラムと授業の実際、授業研究の取り組みに関する発表を行いました。我々の部会にも多くの参加者がありましたし、また、学会の基調講演でも、他の発表においても、日本の授業研究にふれたものが多くありました。
 海外で評価されている日本の授業研究は、主に義務教育諸学校で行われてきた校内研修・校内研究としての授業研究です。すなわち、研究授業について、同僚と協同で、事前に検討し、実際に参観し、事後に検討するというものです。もちろん、日本の授業研究はそのような校内研修的なものに留まるものではありませんが、学校で行われてきたこのような授業研究が、日本の学校の教員の資質能力の高さを支えてきたといえるでしょう。

▼現在、日本の教育費はOECD諸国の中で、GDP(国内総生産)比で見ても予算比で見ても最低レベルです。しかし、戦後すぐから1960年代までは日本の教育費は対GNP(国民総生産)比で世界一でした。経済的にも社会的にも苦しい時代であったにもかかわらず、教育に対する政治や国民による価値づけは大きなものであったことが窺えます。そして、上述のような授業研究は、そのような時代に生み出され、発展してきたものです。
 近年、フィンランドの教育に世界の注目が集まっていますが、そこでは、かつての日本と同じように、教育のもつ価値を大きなものと認識し、そこに予算を投入してきたことが指摘されています。そして、教育を未来への投資と考えていることが指摘されています。

▼現在、教育における格差や子どもの貧困の問題がクローズアップされています。この状況を何とかするために、我々は制度やシステムを変えるべく努力する必要があります。とくに教育に関する財政の問題については何とかしていかねばなりません。しかし、制度やシステムが変わるだけでは、本当の解決にはならないのではないでしょうか。
 未来への投資という考え方も重要だと思いますが、投資という概念はやはり経済の論理に基づくものです。私は、未来への投資という考え方と併せて、そこに留まることなく教育のもつ大きな価値への深い認識を促す、教育の論理に基づく言葉・概念を鍛えていく必要があると考えています。

(田上 哲)
 
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