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立ち読み  
編集後記  第55巻11号 2007年11月
 

▼笑いが心を潤し、和ませ、癒してくれることは、だれもが経験的に知っていることである。最近では、それが科学的にも実証され、ひいては体の健康にも良い影響を与えることもわかってきた。ホスピタル・クラウンのように闘病中の入院患者さんたちに笑いを提供して、回復をサポートする活動を続けておられる方々もいる。お笑いブームの中、今夜もテレビのスイッチを入れると、次々と笑い声があふれ出てくる番組に出会えることだろう。
▼笑いは、笑う本人にとって幸福感をもたらすばかりでなく、その笑顔を見る周りの人々にも優しさや喜びをもたらしてくれる。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは、しぐさや表情などによる非言語コミュニケーションの優れた研究者でもあった。彼は、笑顔が、相手に好意を示そうとするときの世界共通に通用するサインであることを発見している。世界中どこでも、人間は好意を示すときに笑顔になることに彼は気づき、安堵したのである。笑顔があれば、敵意がないことはわかってもらえるのだから。
▼笑顔の決め手は瞳であることがわかっている。心からの笑いであれば、瞳まで微笑む。大人になると顔は笑っても瞳は笑っていない場合があったりするが、その様子は小さな子どもでも敏感に察する。人類発生から数百万年におよぶ太古の原始時代、過酷な自然環境の中で集団を形成して助け合うことで生き延びてきた人間にとって、相手の気持ちを察することは極めて重要な意味を持ってきたと考えられる。その繊細な見極めの極意は進化の過程を経て、いちいちゼロから学習しなくても無意識のうちに自動的に実践できるレベルになって、現在の我々に受け継がれているのかもしれない。
▼笑いを誘うユーモア(humor)は、中世の時代においては、血液などの体液を総称する言葉でもあった。ユーモアは人間性の本質を意味する言葉であり、笑いは人間の本性を反映する行為だととらえることもできる。それゆえ、笑いにも色々な種類があるので、安易にすべての笑いをあがめ奉るわけにもいかない。他者の欠点や弱点をあざ笑うような嘲笑や冷笑、自分の失敗を後悔する苦笑いや自虐的な笑いなどもある。残念ながら、そんな笑いもしてしまうのが生身の人間である。それはそれで仕方がないことなのかもしれないが、できれば皆の心が温かくなるような笑いに包まれて暮らしたいものだと私は思う。
▼ホスピタル・クラウンに代表されるような笑いを活用しようとする試みは、今後も広がりを見せていくと思われる。学校や病院でも、仕事の緊張や対人関係のストレスに溺れそうな職場に、ゆとりとリラックスを取り戻すために、なんとか笑いを活用できないものかと思いはふくらむ。笑いをめぐっては、これまでにもたくさんの論説が行われてきたが、科学的な検討にゆだねられるべき問題も数多く残されている。これからもユーモアに溢れた研究や議論、実践の発展を期待したい。

(山口裕幸)
 
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