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立ち読み  
編集後記  第55巻6号 2007年6月
 

▼日常生活を円滑に営むためには、過去に経験/学習したことをしっかりと記憶し、それを新たな場面や状況に巧く利用し、生かすことが大切である。いや、過去の記憶だけでなく、未来の記憶、すなわち今後しなければならないことや他人と約束したことの内容や期日をタイミングよく思い出し、実行することも極めて重要である。
 そう! 私たちが“いま、ここ”にいながら、“過去―現在―未来”の時間の流れを縦横無尽に考え、生きることができるのは、現在から過去を振り返り、そこから未来を展望する記憶の営みがあるからである。
▼記憶の中に“フラッシュメモリー”という現象がある。それは、体験してから長い時間が経過しているにもかかわらず、今まさに眼前で体験しているかのように、その時の体験の微細な部分(例:人の声、着ていた洋服、周りの人々、状況)までをも活き活きと思い出すことができる、頭/心の奥底に強烈に蓄えられている現象である。その内容がその人の生活を脅かすようなトラウマ的なものであると問題であるが、「“あのことがきっかけで”」、「“あのときの先生の一言で”、私のその後の人生が大きく変わった」とプラスに働くこともある。
▼小学校から大学に至るまで、少なく見積もっても約2万3040時間(16年×240日×6時間)の間、子どもは教師と一緒に時間を過ごすことになる。ということは、いろいろな状況や場面で、教師は、自分の意志とは裏腹に、子どもに何らかの“フラッシュメモリー”的な発言や体験を与えている可能性がある。
 実際に、「あの先生の教え方で数学が好きになった」「あの先生のあのときの発言で人間不信になった」「あの先生のあのときの態度で、世の中の出来事や社会の仕組みや人間について、いろいろ考えるようになった」というように、教師との出会いが、その後の、その子どもの人生を大きく変えたエピソードを耳にする。
 その意味では、授業の営みの場は、子ども同士の生き方考え方の絡み合い、教師と子どもとの考え方/感じ取り方の絡み合いが、織りなす一つの作品作りであり、まさに“生き物の世界”であることを教師は強く認識し、子どもが語る内容だけでなく、語っているその子自身を感じ取る人間愛に溢れた研ぎ澄まされた感性を磨くことが大切だ。
▼全国レベルで、いま教師の教育技能の再育成を図る教師塾が流行り始めている。授業実践技法のリカレントも重要ではあるが、最も大切なことは、子ども一人ひとりの個性を大切にし、瞬時瞬時の子どもの内面世界の動きを感じとるセンスを磨くことではないか。
 教育現場の立て直しにどれだけ教師塾が貢献できるか、その動向が気になるのは私ひとりではあるまい。

(丸野俊一)
 
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