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巻頭随筆

入試改革の意味  金子元久

 

 なぜ今、入試か。私は、それには三つの背景があると思います。

 第一は、いわゆる「入試体制」の溶解です。長い間、日本の教育の第一の問題とされてきたのは、いわゆる「入試体制」でした。その対策として1990年代初めから、高等学校の教育課程と入試の多様化が政策的に推し進められてきました。ところが、同時に18歳人口が減少し、大学教育は過剰供給の傾向が強まってきたのです。その結果、現在では四年制大学入学者のうち、大学入試センター試験によるもの(個別大学試験の双方を受けているものを含む)は3割、個別大学試験のみ(多くは2科目程度)が3割、あとの4割は推薦入試などで、ほとんど学力のチェックなしに入学しています。それを反映して1990年代から、学力中間層の家庭での学習時間がほぼ半減した、という調査結果もあります。

 第二は、学力・能力観の転換です。従来は小中高で学習した教科の知識の上に立って、大学で専門的・学術的な知識を獲得し、それが職業で活かされる、と考えられてきました。しかし現実には大学で教える専門的な学術知識をそのまま用いる職業は多くありません。他方で、企業の組織も多様化し、流動化しています。そこでは教科や学問分野に体系化された知識だけでなく、汎用的な能力や意欲を含めた、幅広い学力・能力観が要求されることになります。それに応じた入試、そして高校教育、大学教育の改革が必要です。

 第三に、日本の若者の基礎学力の確保が必要です。これまでいわゆる「学力」問題は小中学校について議論されてきました。しかし多くの若者にとって、最終的な教育段階は高校です。その高校教育において、多様化政策および高校の格差拡大を背景として、生徒の学力の達成目標が曖昧になってきたのです。これからの日本社会が誰にでも機会が与えられるものであるためには、すべての国民にも一定の基礎学力を確保することが不可欠です。またそれは、専門学校、短大、大学進学者についても同様です。

 このような観点から、中教審を経て『高大接続システム改革会議』で、新しい入試体制の検討がされています。@「高等学校基礎学力テスト」(高校1、2年生を対象として、基礎的な学力を確認する)、A「大学入学希望者学力評価テスト」(現在の大学入試センター試験の30科目を大幅に整理し、5〜7科目とする)、B個別大学の選考(学力試験だけでなく、能力、意欲を多面的に判断する)、の三つから成り立つシステムが構想されています。

 現在のところ、@は2019年度に試行実施、Aは2020年度に実施、というスケジュールで検討が行われています。しかし、これから検討するべきことは山積しています。一つは大学の側が新しい体制にどう参加するかです。また高校がこうした新しい学力観をどのように授業に活かすかも問われるでしょう。さらに、上述の二つの共通学力テストの内容や方法についても、様々な問題点が残されています。  当面の焦点は大学入学希望者テストの、内容・方法です。汎用的な能力・思考力の計測方法、複数回実施、記述式の導入など、理念と現実性をめぐって様々な意見が出され、また曲折も予想されます。しかし私は上述の理由で、入試改革そのものは不可避だと考えます。


 
執筆者紹介
金子元久(かねこ・もとひさ)

筑波大学特命教授。東京大学名誉教授。専門は高等教育論。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。シカゴ大学大学院修了(Ph.D.)。東京大学教授、同教育学部長、国立大学財務経営センター研究部長、筑波大学教授などを経て現職。中央教育審議会専門委員、日本学術会議会員、前日本高等教育学会前会長。著書に『大学の教育力』(ちくま新書、2007年)、『大学教育の再構築』(玉川大学出版部、2013年)など。

 
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