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立ち読み  
巻頭随筆  第55巻2号 2007年2月
立ち位置を変えて          北川正恭
 
 三重県知事時代に三重県の行政改革を進めるにあたって、基本理念をどうするかの議論を何回も重ねた。その中で「県民を満足させる行政」は間違いではないか、という議論になった。この「県民を」は、目的語になっている。では主語はどこにいったのか。主語は「県庁が」とか「県行政が」となるのではないか。県庁が県民を満足させるというのは、官と民の関係を上下関係でとらえているのではないか。憲法の精神からも「主権在民」なのだから、あくまでも県民の皆様が満足(納得)できるサービスを提供するということが理念にならなければいけないとなって、私の知事在任中の基本理念は「生活者起点」となった。
 この「を」と「が」の違いを職員が明確に理解しない限り、量的な削減改革はできても抜本的な体質改善の改革にはならない。この認識が職員の間に広まり、深まっていくにつれて、苦情、クレーム処理という言葉に職員が違和感を持つようになってきた。権力を行使される側の県民の意見、要望を行使する側の県行政から見て、苦情、クレームと言っていたのではないか。自分たちが苦情だと思い込んでいたことが、実は県民の意見、要望と気づいたときに、県庁から苦情処理係がなくなった。官と民の対立意識がなくなって、お互いが協力し合うウィンウィンの関係が築かれたのである。この一連の立ち位置変更の作業が徹底的に行われないと、お互いが疑心暗鬼のまま被害者意識が増幅され、組織は守りの姿勢、即ち情報非公開、課題先送りの悪循環に陥ってしまう。現在の公立学校運営は、この悪循環に陥っているのではないか。IT時代を迎えて時代の変化のスピードが猛烈に速くなり、地域に発生する課題もグローバルかつ、複雑になっている。
 にもかかわらず、まだ学校内外でそれに対応できる体制がとられていない。今急がなければならないことは、学校を取り巻く状況がすっかり変わったことを前提に、学校の目指す理念と方向を改めて示し、その理念を達成するマネジメントシステムの構築と、複雑な課題に的確に対応できる体制を断固つくりあげることである。そのためには、まず学校内部で、教職員の意識改革と学校の組織改革を先にやり抜くことである。それができていないで、形だけ整えても本質的な改革にならない。
 重要なことは、今まで所与の条件の中で関係者が努力を重ねてきて、解決できなかったことを深く認識することである。今まで通りの努力では解決できないとなれば、立ち位置を変えて、新しい価値を創造する非日常の決断と、それを実践できるシステムの導入をはからねばならない。それにインセンティブを与えるのが学校側の本気ということになる。私の体験からいっても、学校を取り巻く構造全体を抜本的に改革するには、まず学校内の本格的な改革があって、その迫力で次の全体の構造改革に進むことが一番わかりやすい効果のある道筋だと思う。今全国各地でそれぞれの立場を超えた改革が続けられている。その改革が一つのベクトルになって重なったとき、大きな力となって大改革につながることになる。学校と地域がお互い共鳴し合ってほのぼのとした地域が数多く生まれ、その中から健やかな子どもが育っていくことを心から念願するものである。
 
執筆者紹介
北川正恭(きたがわ・まさやす)

早稲田大学大学院公共経営研究科教授。早稲田大学商学部卒業。三重県議会議員、衆議院議員を経て、1995年に三重県知事に初当選。2期務め2003年に退任、現職に至る。著書に『生活者起点の「行政革命」』(ぎょうせい、2004年)、『マニフェスト革命』(ぎょうせい、2006年)など。

 
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