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立ち読み
巻頭随筆

大切な親と子のコミュニケーション       土岐圭子

 

 「川崎・中1男子殺害事件」「佐世保・同級生殺害事件」など、子どもの恐ろしい事件が続いて震えます。佐世保の女の子(当時高校生)が「なぜ、人を殺してはいけないの」と言ったという。この言葉に、絶句します。どうしてこんな感覚の人間になってしまったのだろう。彼女は、身近な人、特に親から、本当に大切にされたという記憶がないのではないか。彼らも犠牲者ではないだろうかと思います。

 それは、人ごとではなく、私も子育て中に反省したことがあります。私は、3人の子の親です。子どもは大好きです。一生懸命子育てをしてきました。親としては、人並みの社会人になってほしい。そのために、社会に出て困らないように、親としてしっかりしつけをしなければ、と張り切りました。あるとき、真ん中の息子(10歳ぐらいになっていたと思います)が、「僕、ダメ人間やんね」とつぶやいたのです。

 私はそれを聞いてドキンとしました。慌てて「ダメじゃないよ。優しいし、丁寧だし」と。

 そうしたら、「だって、お母さんは毎日毎日ダメねって言いよるやろ!」

 「うそ!」「そんなこと言ったことないよ」と慌てて否定しましたが、考え込みました。言ったかしら? と。

 その子は、のろいのです。学校に遅れないように「早くしなさい、遅れるよ」「早く、早く」「まだぐずぐずしてるの。ダメじゃない」……。でた!

 これを1日何回もこの子には言っていたのです。親としては、「人並みについて行ってほしい。そうしないと困るのはあんたよ」って言いたかったのです。でも、実際に発していた言葉は「ダメね!」だったのです。ダメにしたのは私だった……。

 私は励ましているつもりだったのです。子どもをダメにしようなどとは、夢にも思っていませんでした。しかし、子どもには、「あんたはダメね」「ダメ人間よ」と決めつけられたと聞こえていたのですね。

 「親」は、一生懸命になると、教えてやらねば、言ってやらねばと、相手も見ずに叫んでいたのです。自分が発する言葉(思い)は、相手にどう伝わるか気をつけないといけないし、相手が言っていることも、こちらは勝手に解釈して、怒っていることもあるかもしれないのだと気づかされました。

 小さな子が、「お母さん笑って!」と言う。「笑ってるよ」と言うと、「あっち見るときは笑ってる。でも、私を見るときは怖い顔」。言葉以外のメッセージを読み取って不安になっているのだな……と今は思えます。子ども、特に小さな子は、自分に向けられる優しい顔(愛)を確認しながら、それを力に外に飛び立っていけるのだと思います。

 “私の親としての苦い体験を繰り返さないで”という想いで、今は活動しています。「子どもも一人の人格を持った人間である」「子どもの成長を支える親の役割を果たすために、コミュニケーション能力を高め、愛と信頼の人間関係を築くことが大切だ」ということを知り、その力を高めてほしいと願って、「コミュニケーション・スキル・トレーニング」「親業」を広める仕事をしているのです。


 
執筆者紹介
土岐圭子(とき・けいこ)

親業訓練シニア・インストラクター。教師学インストラクター。九州地区教師学研究会代表。九州大学薬学部卒業、同大学大学院博士課程修了。薬学博士。大学勤務、高校教諭、短大非常勤講師(化学)を経て、1983年より現職。著書に『教師学入門』(みくに出版、2006年)など。

 
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