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巻頭随筆

子どもの命を育む教師のコミュニケーション力      上地安昭

 

 コミュニケーションは私たち人間の生活にとって欠かせない、きわめて大事な言葉や身体表現による人間的触れ合いを意味します。コミュニケーションが人間にとっていかに大事か、精神科医の小林司は著書『出会いについて――精神科医のノートから』(NHKブックス、1983年)の中で、次のようなエピソードを紹介しています。

 「神聖ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ二世(1194〜1250)は、人類の言語の起源を確かめたいと思って、一つの実験を行った。人間の言葉をいっさい聞かずに育った子は、人類の根元語を話すに違いない、と思ったから、皇帝は生まれたばかりで捨てられた赤ちゃんを何人か選んで、保母や看護婦に養育させることにし、そのとき赤ちゃんに話しかけたり、あやしたり、機嫌をとったり、愛撫したりしては絶対にいけないと厳命した。入浴や食事など生命維持に必要なことはもちろん許したが、人間的接触を禁じたのである。

 この実験の結果は出なかった。なぜなら、実験に使われた赤ちゃんたちがあまり大きくならないうちに全員死んでしまったからである。愛情や人間的出会いがないと、人間は生きることができないのである」

 ここで紹介したショッキングなエピソードは、生まれながらにして周囲からの話しかけや人間的接触を一切体験しない、つまり人間的コミュニケーションが欠落した場合、人間の生命は育たない事実を物語っています。人間の生命を支えるコミュニケーションの意義の重大さについて、あらためて認識せざるを得ません。

 また、医師の日野原重明著『老いに成熟する』(春秋社、1997年)には、生物学者のマジェリー・スワンソンが、人間が生きていくために不可欠な要素として、空気、水、食物、コミュニケーションの4つを挙げていることが記されています。つまり、動物とは違い人間の生存に必要不可欠な決定的要因は、人間と人間とを結びつけるためのコミュニケーションだということです。

 あらためて、私たちが人間として生きていくために、コミュニケーションがいかに重要なことかを悟る必要があります。それ故に、個々人のコミュニケーション力は人間力を代表する中核的役割を担っています。とくに、児童生徒と教師間のコミュニケーションによって成り立っている学校教育活動において、教師のコミュニケーション力の重要性は言及するまでもありません。教師の日常の教育活動は、すべて児童生徒とのコミュニケーションによって成り立っており、コミュニケーション即教育そのものであることが十分理解されます。

 この意味で、教師のコミュニケーション力の向上は必須の条件です。とくに子どもの命を育む学校教育の責務を全面的に担う教師にとって、いかにコミュニケーション力を高めるかが、とりわけ重要な課題だと言えるでしょう。


 
執筆者紹介
上地安昭(うえち・やすあき)

神戸カウンセリング教育研究所代表。兵庫教育大学名誉教授。教育学博士。日本心理臨床学会名誉会員(臨床心理士)。広島大学大学院博士後期課程修了。広島大学助教授、米国ミシガン大学客員研究員、兵庫教育大学教授などを経て現職。著書に『教師カウンセラー・実践ハンドブック』(金子書房、2010年)、『教師のためのすぐに使えるカウンセリングスキル』(編著、合同出版、2014年)ほか多数。

 
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