『移民とAIは日本を変えるか』(翁 邦雄 著)

21世紀に入り、人口減少に転じた日本。早くから日本経済の長期低迷の要因の一つとして人口構造の変化に着目すべき、と唱えていた著者が、現代日本の喫緊の課題として昨今俄然クローズアップされている人口減少下の日本社会の変容を、移民とAI(人工知能)に焦点を当てて丁寧に解いていく注目作!

2019年7月16日書店にて発売!  ※発売日は地域により若干異なります。
■立ち読み「あとがき」を一部ご紹介します。

 

立ち読み 「あとがき」(一部)

『移民とAIは日本を変えるか』(翁 邦雄 著)

 移民問題に最初に関心を持ったのは、今からちょうど三十年前の1989年のことである。この年の7月、筆者は日本銀行総務局(現在の企画局)調査役から、金融研究所の調査役に人事異動になった。その直後に、当時、金融研究所長だった三宅純一氏に所長室に呼ばれ、「自分は外国人労働者問題が重要だと考えている。分析できないか」というかたちで持ち出された研究テーマだった。

 当時は、バブル経済の末期で人手不足が深刻化しており、外国人労働者受け入れ解禁論が声高に叫ばれていた。なるほど大事な問題ですね。勉強してみます。ということで検討をはじめた。そして海外の経験を知るにつれ、「人手不足だから」という理由だけで拙速に解禁できるような簡単な問題でないことを思い知らされた。同年12月に「外国人労働者問題について」というタイトルの短い論文を行内用にまとめ、三宅所長の了解を得て日銀内の関係部局に配布した。これをきっかけに、その後も、筆者のなかで外国人労働者ないし移民問題への関心がつねに持続していくことになった。

 ながらく移民問題への関心の出発点となったこの資料を読み返すことはなかったが、今回、この「あとがき」を書くにあたって、約30年ぶりに当時の検討資料を探した。冒頭の記述は以下のようなものだった。


 日本国内で不法就労する外国人はこの数年間激増の一途をたどっている。また、今年に入ってからは、中国からの偽装難民を含む難民問題が大きな社会問題として内外から関心を集めており、「ヒトの国際化」をどのように進めていくかは、わが国にとって極めて重大な政治経済的選択となっている。「モノの国際化」、「カネの国際化」が大きく進展した現在、この問題はわが国社会や文化の根本的な在り方にも直接かかわる度合いが前二者の問題に比べて格段に大きい。このため、国民の間で様々な視点から議論を尽くすことによってその進め方を決定すべきものである。また、議論を尽くすにあたっては、ありうべき選択の社会経済的帰結についての正確な理解を共通の基盤としたものが望ましいことは言うまでもない。


 問題の糸口は現在と異なるものの、国民的な議論を尽くすべき問題、という点は現在も少しも変わっていないと思う。そしてエグゼブティブ・サマリーの結論部分では、当時、すでに知られていたドイツなど欧州の経験をふまえたたうえで、


 …最後に、以上の議論の総括として、外国人労働者問題についての意思決定に当たっては、わが国の好況時の労働需給という短期的問題に目を奪われ過ぎるべきでないこと、そして、①発展途上国の経済的「離陸」にとって有効かつ効果的な途上国の援助のあり方はどのようなものか、②わが国の社会が外国人をインテグレートしつつ発展するためにはどのように社会の仕組みを改造していく必要があり、どのようなコストがかかるか、といった点について検討を深めていく必要があることを主張する。


 としている。今回、読み返してみて、30年前のこの主張がさほど的外れでなかったことに安堵したが、むろん筆者に先見の明があったわけではない。ドイツのゲストワーカー制度が大きな問題をはらみ、ドイツ社会に歪みをもたらしつつあることは、当時からすでに明らかだったからだ。

 しかし、残念ながら、この時期以降も、日本において、国民の間で多様な視点から議論を尽くすことによってその進め方が決定されることも、わが国の社会が外国人をインテグレートしつつ発展するためにはどのように社会の仕組みを改造していく必要があり、どのようなコストがかかるか、といった点についての検討が深められることもなかった。

 その大きな理由のひとつは、いうまでもなくバブルの崩壊であった。この資料を取りまとめた1989年12月は、バブルのピークとして知られている。1986年に入ってから上昇テンポを速めていた日経平均株価は89年12月29日(金)の大納会には、3万8915円という空前の水準に到達した。そして、このあと、急速な下落に転じた株価はバブル崩壊を先導し、92年8月にはピークの三分の一強の1万4309円にまで下落した。株価には遅行したものの地価のバブルも崩壊し、日本経済は泥沼のようなバブル崩壊過程に転落していく。そうした中で、バブル期の全般的な人手不足や特定業種におけるボトルネックの発生による外国人労働者への門戸全面開放論は、雲散霧消した。

 近年、外国人労働者・移民問題への関心が再び大きく高まったのは、出生率の低下のもとで生産年齢人口が減少、有効求人倍率がバブル期に接近し、これを超えていったからにほかならない。いつのまにかコンビニのレジは外国人の若者が主な担い手になった。バブル期同様に全般的な人手不足や特定業種におけるボトルネックの発生が問題視され、政府は外国人労働者受け入れ政策を抜本的に転換して、2018年12月8日に在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」の創設、出入国在留管理庁の設置等を内容とする「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」を成立させ、この法律は同月14日に公布された。

 しかし、この問題について国会で議論が尽くされることはなく、人手不足のなかで法案の早期成立が最優先された。わが国社会や文化の根本的な在り方にも直接かかわる難しい問題だけに、国民の間でさまざまな視点から議論を尽くそうとすればするほど議論が膠着し、立ち往生することを政府は恐れたのでないか、と思える。

 それでも、わが国の社会が外国人をインテグレートしつつ発展するためにはどのように社会の仕組みを改造していく必要があり、どのようなコストがかかるか、といった点についてはこれからでも全力で検討を深めていく必要があることは間違いない。

 そのためには、現状とその選択の社会経済的帰結について可能な限りの正確な理解を共通の基盤とすることは、やはり不可欠だと思う。本書は、そのような問題意識のもとで、執筆をはじめた。

  

 

『移民とAIは日本を変えるか』(翁 邦雄 著)

『移民とAIは日本を変えるか』(翁 邦雄 著)救世主か、破壊者か?

21世紀に入り、人口減少に転じた日本。早くから日本経済の長期低迷の要因の一つとして人口構造の変化に着目すべき、と唱えていた著者が、現代日本の喫緊の課題として昨今俄然クローズアップされている人口減少下の日本社会の変容を、移民とAI(人工知能)に焦点を当てて丁寧に解いていく注目作!


人口減少とAI化、入管・難民法改正の流れの中で、正確な実態把握に努め、現時点での全体像を一挙に俯瞰できるタイムリーな一冊!


ニュートラルな立場で、巷間伝わるAIへの過度の期待と恐れや人口減少についての諦観ないし悲観に疑義を投げかける骨太の総合解説書。


高齢化社会の到来は数十年前より議論されてきたが、人口減少が問題視されるようになったのは比較的近年のことであり、日本社会の今後の展望や選択肢を統計や理論的成果に基づいて解説した本(特に、日本人の著者によるもの)はまだ少ない。

本書は、いまや金融のみならず、現代日本社会全体をウォッチする論客の第一人者のひとりとなった翁氏が、喫緊のテーマを人口減少下での日本社会の将来像について国民的選択の観点で捉え、AIと移民の影響 について広範な視点から考察。

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書籍詳細

分野 経済
初版年月日 2019/07/20
本体価格 2,000円(+税)
判型等 四六判/仮フランス装/224頁
ISBN 978-4-7664-2611-3
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著者 翁 邦雄(おきな くにお)

1951年生まれ。74年、東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。83年、シカゴ大学でPh.D.取得。以後、筑波大学社会工学系助教授、日本銀行調査統計局企画調査課長、企画局参事、金融研究所長等を経て2006年、中央大学研究開発機構教授に就任。
09年、京都大学公共政策大学院教授。17年より法政大学大学院政策創造研究科客員教授、京都大学公共政策大学院名誉フェロー。

主著
『期待と投機の経済分析』東洋経済新報社、1985年、日経・経済図書文化賞受賞
『金融政策』東洋経済新報社、1993年
『ポスト・マネタリズムの金融政策』日本経済新聞出版社、2011年
『経済の大転換と日本銀行』岩波書店、2015年、石橋湛山賞受賞
『金利と経済』ダイヤモンド社、2017年など