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巻頭随筆

対人援助職とメンタルヘルス   松ア佳子

 

 対人援助職を取り巻く環境は、少子・高齢化、医療や福祉を取り巻く環境の急速な変化、権利擁護に基づくQOLの保障、法律の改正など大きく変化してきています。これらを背景に支援ニーズの増加や多様化、記録事務や会議など職場業務の増加、慢性的な人員不足、専門職の量と質の不足など課題は山積みです。また対人援助職の職場は、事故の発生や施設内虐待、クレーム、ヒヤリハット体験、メンタルヘルス、バーンアウト(燃え尽き症候群)などリスクの高い現場でもあります。人間関係を対象とし、こころを使う仕事だからこそです。

 筆者が現場に在職していた頃のことですが、災害時土砂崩れが起こり、土砂に閉じこめられた子どもをレスキュー部隊の方々が救助したニュースが流れました。「よかったね、レスキューすごいね」という話題のなかで、ある児童福祉司が「僕たちも子どもを助けているんですよね」と確認するようにつぶやいた言葉を忘れることができません。子どもを守るために行う一時保護は、親からは「人さらい」「貴様、殺してやる」などと罵倒され、保護したはずの子どもからは「帰りたい」と泣かれることもあります。自分のしていることは何だろうと自問自答しながらも、子どもの命や人権を守るために大事な介入であり今後の家族の支援につながることだと信じて行っているのです。そして、このような敵対的な関係で始まった親と信頼関係を築いていくのは並大抵のことではありません。高橋らの調査(高橋重宏ほか「児童福祉司の職務とストレスに関する研究」、『日本子ども家庭研究所紀要』38、2001年)では、全国児童相談所児童福祉司のバーンアウト率は、情緒的消耗感が高い者51.4%、脱人格化が高い者21.3%、個人的達成感が低い者72.0%となっているなど、非常にストレスフルな状況にあると言え、人員増と専門性の強化が大きな課題となっています。

 また、対人援助職(臨床心理士・医師・教師・保育士・社会福祉士)1868人の調査(代表研究者・増田健太郎、筆者も共同研究者として参画。「対人援助職の実践力養成プロセスの分析とバーンアウト予防の学際的研究」2015年3月)では、情緒的消耗および脱人格化を感じる傾向が高く、約4割が実際にバーンアウトになったり、あるいはなりそうになったりしていました。勤務時間や残業時間の長さがバーンアウトのきっかけになっていることがうかがえる一方、しっかりと休みをとることが予防とつながっていることや、職場モラルが高いほど、勤務時間や残業時間が長く、意欲的に取り組む姿勢とバーンアウトに一定の関係性があることも示されています。これは、対人援助職にとって重要な特性である「人と深く関わろうとする姿勢」や「責任感の強さ」がバーンアウトの要因になるジレンマがあると言えるのかもしれません。

 このようなジレンマを抱えつつも、対人援助職は資質を生かし専門性を高めていくことが求められています。そのためには、自身のメンタルヘルスを守り、いかにバーンアウトを予防していくかです。対人援助職だからこそ自分を大切にし、自分自身の心身の状況を把握しておくこと、自分に合った対処法(セルフケア)を見つけることや、職場や家族のサポートを積極的に得ることなどが必要です。  2014年6月労働安全衛生法の一部を改正する法案が成立し、従業員50名以上の事業場では、労働者のメンタル不調の予防を目的として2015年12月より医師・保健師などによる年1回のストレスチェックの実施が事業者の義務となりました。今後メンタルヘルスの重要性はさらに増してくるものと思われます。現場でそれらを担う対人援助職そのもののメンタルヘルスを守り、バーンアウトを予防していくことは大きな課題であると考えます。


 
執筆者紹介
松ア佳子(まつざき・よしこ)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。臨床心理士。専門は臨床心理学。九州大学文学部心理学専攻卒業。福岡市児童相談所長、子ども虐待防止推進担当課長等を経て現職。著書に『国連子どもの代替養育に関するガイドライン』(共訳著、福村出版、2011年)、「世代間連鎖を断ち切るための児童相談所の役割と課題」(『教育と医学』2013年10月号)など。

 
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