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編集後記  第58巻8号 2010年8月
 

▼この春に世界遺産で知られる中国の福建土楼群(ふっけんどろうぐん)に出かけた。以前、中国の都市型集合住宅の子育てについて調査したことがあったので、いつか中国農村の伝統的集合住宅の暮らしを見てみたいと思っていたのだ。念願かなって訪れた巨大住居では、大勢のおとなたちに見守られた子どもの生活や子育ての様子を見ることができた。
 福建省の土楼群は客家系の漢族が外敵から生命財産を守るため土をつき固めて造り上げた巨大な集合住居である。形状には円形と方形があり、円楼は360カ所、方楼は4000カ所近くある。どちらも祖先の廟のある広い中庭を中心に3〜4層にわたって多数の小部屋が取り巻いている。各層の回廊や部屋の窓越しにいつでも中庭を望むことができる。1階は食堂、2階は倉庫、3、4階が居室に当てられ、部屋数は大きな土楼で200近くにもなる。
 人々は中庭の台所を共有しながら世帯ごとに食事を準備する。食卓は衆目にさらされており、子どもたちは大好きなおかずを目当てにお椀を持って隣近所を行き来する。土楼では独特な建築様式と結びついた一族のゆるやかな共同生活が営まれていた。
 生活空間の共有や一族の共同生活といった土楼の暮らしの特徴は、欧米の先進的な住まい方や親族ぐるみの生活を大切にする先住民の生き方ともつながっていて興味深い。地域社会の衰退や核家族化による生活や子育ての困難に悩む日本でも、近年はそうした異文化の知恵をヒントに新しい生活や子育て環境を再構築しようとする試みが散見される。

▼70年代の北欧に由来する「コレクティブハウス」の建設もその一例である。コレクティブハウスは住民が食事などの家事の一部をシェアする集合住宅であり生活様式である。核家族型のライフスタイルに疑問を持つ人々が新しい居住様式によって既存の生活や子育ての形を変えていこうとする試みである。
 一方で、様々な他人ではなく身近な親族集団の役割を子育てに生かそうとする試みもある。ニュージーランドの「ファミリー・グループ・カウンセリング(FCG)」は先住民族マオリの親族会議の慣習を虐待された子どもの保護や非行少年の更生に役立てようとするシステムである。子どもは部族全体で育てるというマオリの伝統的な子育ての考え方は、89年ニュージーランドの「子ども、青年とその家族法」に反映され、日本でも研究が始まっている。

▼土楼では昔の日本の地域社会を思い出させるようなおおらかな生活や子育てが見られた。とはいっても土楼の子育てや生活が今の時代の理想のモデルというわけではない。実際、地元の若い世代は仕事や付き合いの煩わしさを理由に、土楼の外に自分たちだけの住居をかまえるようになっている。福建の土楼群でも共同生活の安全や便利さよりも家族のプライバシーや個人の自由の優先へと人々の考え方も変化しつつあるのだ。

 

(坂元一光)
 
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