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編集後記  第58巻1号 2010年1月
 

▼2009年は大きな変化の年でした。アメリカでは「チェンジ」を掲げたオバマ政権が誕生し、日本では戦後実質的に初めての政権交代が実現しました。それは、頭上に覆いかぶさる閉塞的状況を、どうにかして打ち破りたいという多くの人々の願いの端的な表れに他なりません。

▼こうした変化の流れの中で、これから教育はどのように変わっていくのでしょうか。20世紀末からの世界の教育改革の大きな潮流は、新自由主義に基づき、市場原理の下での競争によって質を上げようとするものでした。今まで競争とはほとんど無縁であった公教育の場へ競争が持ち込まれ、学校同士の激しい競争が生じました。多くの国で教育を競争へと駆り立てた背後には、今日の世界で加速度的に進行しているグローバリゼーションがあります。とりわけ、世界全体を市場として展開されている経済競争の中で、各国は勝ち残っていくために高度のスキルを備えた人材養成を教育改革における至上命題としてきました。

▼このようなグローバルな規模での教育競争の結果をはっきりと示したのがOECD(経済協力開発機構)によるPISA(国際学力調査)です。PISAの順位は、オリンピックのメダル競争のように国の教育の地位をわかりやすく表す指標となり、各国はその順位を上げることに躍起となっています。こうしたやり方は「比較による統治」といわれています。ランク付けして比べることで、各国に対して大きな影響力を行使できるということです。組織の名前に「経済」を持つ国際機関が、各国の教育のあり方に大きなインパクトを与えるようになったことは、グローバリゼーションの中で教育が置かれている立場を象徴するものかもしれません。

▼しかし、競争はさまざまな格差を生み出してきました。グローバルな規模での「北と南」や、先進国の中での「富める者と貧しい者」との間の格差はますます広がっています。わが国でも教育における社会格差の拡大が指摘されています。経済競争に勝つための教育競争の中で置き去りにされる層が広がっているのです。

▼しかし、一層の格差拡大の中で競争原理による教育への批判も当然、向けられてきました。その一つに、経済の論理を重視する新自由主義による「上からのグローバリゼーション」に対抗して、弱者や抑圧されている人々の立場の尊重を広げていこうとする「下からのグローバリゼーション」という考え方があります。経済や効率第一ではなく、子どもや人を大事にし、そこから出発していこうとする考えです。

▼圧倒的な力で押し寄せる「上からのグローバリゼーション」に抗して、「下からのグローバリゼーション」がどこまで力を持てるのか定かではありません。しかし、変革の時代の今、教育にとってのいわば原点に立ち帰って、競争、競争へと駆り立てられる歩みを暫し止めて、「何のための競争か」を改めて問い直すことが求められているのではないでしょうか。

(望田研吾)
 
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